2019年11月18日月曜日

日常語となった「仏教由来のことば」を考える④


今回取り上げることばは「出世」と「道場」の二つ。
仏教語本来の意味において、この二つのことばに共通
する人がいる。誰だろう?

答えは、お釈迦様。(仏教語なら当然ことかもしれ
ないが・・・)

出世』とは釈迦がこの世に出現したことを言う。釈迦
 が多くの人を教化したことから、〝より多くの衆生を
 教える″立場になることを指し、やがて高い地位に就く
 こととなったそうだ。

道場』とは釈迦が悟りを開いた場所、ブッダガヤ―に
 ある菩提樹の下、釈迦が座った場所をいう。
 金剛座、獅子座とも呼び、その漢訳が道場とのこと。

 正に、悟りへ至ったを示す所と言える。
 転じて、武道など修行する場所を指すようになった。

 日常語の「出世」「道場」は仏教語としての当初の意味
 と相容れないことがよくある。

 地位が上がったにも関わらず、その地位に見合った役割が
 なされなかったり、私利私欲に走るようでは、出世した
 とは言えない。
 
 「出世」とは、自分のためではなく、人々のために役割
 を果たしたことで生まれたことばと言える。地位が上がる
 ことと出世することとは別物だ。

 指導の名の下に暴力やパワハラを起こす道場を目にする。
 お釈迦様が悟った場所と言う意味に照らし合わすと、
 暴力等は、あってはならないことであり、神聖な道場
 を穢すようにも思える。

 「道場」と言うことばには、釈迦の悟りが含まれている
 と意識するだけで、その後の言動が違って来るように
 思える。そもそも修行は、人から強制されるものでなく
 自ら求めて行うものではないだろうか。
 
 近所の書店を覗くと、仏教雑誌が「日常会話の中の仏教語」
 を特集していた。仏教語は、日常の出来事を見る視座を提供
 してくれる。
大法輪12月号

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