2020年7月6日月曜日

「聖観音」と「観音菩薩」はどう違うのか?

【観音シリーズ 第7弾】

1.胎蔵界曼荼羅の「観音菩薩」と「聖観音」
 胎蔵界曼荼羅(❶)の「中台八葉院」と「蓮華部院」に登場する
 観音菩薩について確認したい。

 中台八葉院(❷)では「観自在菩薩」となっている。「観自在菩薩」
 や「観世音菩薩」は観音菩薩のことである。文殊、普賢、弥勒の各
 菩薩と共に、大日如来を囲む。いずれも、密教が成立する以前から
 の、大乗仏教の菩薩達だ。

 蓮華部院(❸)では「聖観音菩薩」と称して、馬頭、如意輪、不空
 羂索の各変化観音と一緒に、鎮座する。聖観音は密教の菩薩の一尊
 であり、先の観音菩薩とは区別されている。変化前の、本来の姿の
 観音を『正(しょう)観音』または『聖(しょう)観音』と称した。

 1面2臂の観音を「聖観音」と称するようになり、密教以前の大乗
 仏教の観音菩薩も、1面2臂なら聖観音と呼ぶようになった。また、
 聖観音と呼ばれる像は独尊像として祀られる場合に限られるようだ。
 (三尊形式の中尊の場合等も、聖観音と呼ばれている。)

 従って、阿弥陀如来の脇侍として、三尊像で祀られる場合などは、
 聖観音とは呼ばないことになる。 
❶胎蔵界曼荼羅 諸尊配置図・12院

❷中台八葉院諸尊配置図    ❸蓮華部院諸尊配置図

2.観音菩薩のルーツを整理すると・・・
 観音菩薩が登場する経典・思想を整理すると、ルーツは5つ(❹)
 になる。西方極楽浄土阿弥陀如来の脇侍(❹の①)として登場。

 法華経では、様々な姿に変身(三十三応現身)して衆生救済に、
 現れてくれる(❹の➁)。

 華厳経では南海の補陀落山の住むとされ、53人の善智識の一人
 として、善財童子を指導する先生となる(❹の③)。

 密教では6観音の中で「地獄道」の救済者となる(❹の④)。

 民間信仰では、楊柳観音、魚籃観音、白衣観音、水月観音などの
 「三十三観音」が広がる。いずれも、一面二臂の観音菩薩であり、
 像容は聖観音と同じと言える。
  (三十三観音霊場の観音と混同しないよう要注意。)
❹観音菩薩のルーツ

3.聖観音の特徴
 一面二臂が最大の特徴であり、持物が蓮華水瓶であることや
 を高く結い上げている(❺の左図)ことも挙げられる。

 鎌倉の東慶寺・聖観音菩薩立像は、何度もお目に掛った聖観音像
 の一躯である。鎌倉地方限定の特色「土紋(どもん)装飾」が施
 されているのも見どころと言える。

 この像は、元々、太平寺(鎌倉尼五山第一位、廃寺)のご本尊で
 あったものが、今は、東慶寺に祀られている。また、太平寺仏殿
 は、円覚寺に移築され、国宝の舎利殿となっている。

 何とも、数奇な歴史を辿った聖観音像と仏殿だ。感慨深くなる。
❺聖観音の特徴

4.代表的な聖観音
 A奈良・薬師寺東院堂 聖観音菩薩立像
  薬師寺金堂の薬師三尊像と同様、金銅仏の名作であり、美しさ
  においても群を抜いている。制作年代は「白鳳説」「天平説
  がある。

  密教請来以前の作でありながら、「聖観音」と称されている。
  この観音像はかつて、ある本尊の脇侍であったという説もある。
  本像が本尊として独尊で祀られるようになった時代に「聖観音」
  と称するようになったのではないかと勝手な想像を巡らしている。

  この像の伝来についての記録が無く、謎に包まれているようだ。
  その美しさと相俟って、神秘的な魅力が更に増す観音と言える。  
❻奈良・薬師寺像

 B奈良・不退寺 聖観音菩薩立像
  最大の特徴は、頭部の大きなリボン。全身が胡粉地(ごふんじ)
  で白くなってなっている。不退寺の開基は在原業平(ありわらの
  なりひら)であり、この聖観音像も業平自刻と伝わる。

  平城上皇の御所が皇子阿保親王へ、そしてその子、業平へと引き
  継がれ、不退寺となった。業平という人物像と、この聖観音像と
  を重ねると、味わい深さも一入である。
❼奈良・不退寺像

 C滋賀・延暦寺横川中堂 聖観音菩薩立像
  造像のモデルとなり、後に模して造られることの多い聖観音像に
  延暦寺横川中堂(よかわちゅうどう)の本尊がある。

  左手は「未敷蓮華(みふれんげ)」という蕾の蓮華を持ち、右手
  は、説法印の印相をして、胸前で蓮華に近づける。

  この聖観音像は、12世紀後半の作とのことであり、円仁が堂宇
  を建て、観音像を安置したと伝わる像と時代が違う。円仁所縁の
  像として、広く模倣されることとなったのだろう。
❽滋賀・延暦寺横川中堂像

 D京都・鞍馬寺 聖観音菩薩立像
  横川中堂の聖観音像と同じ像容をしている像に、京都・鞍馬寺の
  聖観音立像がある。作者は、京都・大報恩寺の六観音を制作した
  肥後別当定慶(ひごべっとうじょうけい)とされる。

  卵型のお顔をして、いかにも女性的な聖観音像だ。大報恩寺の像
  と、作風は確かに似ているように見える。

  一説に、肥後別当定慶は、運慶の次男康運と言われている。慶派
  との繋がりもあるとなると、この像に対する興味は更に深まる。
❾京都・鞍馬寺像

 E滋賀県長浜市の聖観音立像
  平成26年3月~4月と平成28年7月~8月に「びわ湖・長浜
  のホトケたち」特別展が東京藝術大学大学美術館で開催された。
  2度とも観覧することができ、大変楽しんだことを覚えている。

  長浜は「観音の里」と言われる程、観音菩薩が多く祀られている。
  その特別展でお目に掛ったホトケの中で、横川中堂の聖観音像と
  同じ手の形を取る聖観音像(❿)を多く目にした。比叡山の影響を
  受けた地域であることは一目瞭然。
❿滋賀県長浜市の聖観音立像

「一番人気」「有難い」「親しみが持てる」「頼もしい」などの表現
から最初に連想するホトケは、観音菩薩以外、考えにくい。仏像に興味
の無い人でも、観音菩薩はご存知のことと思う。

観音菩薩は、様々な側面を持っており、興味は尽きない。7回に分け
観音シリーズで整理してきたことも、今回で完結としたい。なお、
誤った理解や、かってな解釈等あった場合はご容赦頂きたい。


【観音シリーズ】  


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