2018年12月21日金曜日

空海研究会(3)當麻寺を訪れる

(続き)<12月6日(木)朝護孫子寺、参詣後>

當麻寺
 バスを降り、當麻寺を目指して歩くと、前方に仁王門(❶)が
 見える。
❶前方に仁王門

 頂いた伽藍配置図を反時計回りに90度回転させ、上を北に
 してと、眺める(❷)と堂塔の位置と方角が良く分かる。

 南から見ると、東塔、西塔が前面に建ち、中央に金堂、講堂
 が一直線に並ぶ。薬師寺式伽藍配置のようになっている。

 また、本堂が境内の西方に、東向きに阿弥陀堂のように建つ。
 中之坊は前身が「中院御坊」と呼ばれる真言密教を伝える御坊。
 東塔の北方に建立されている。
❷境内の伽藍配置図(左図…上が西、右図…上が北)

 當麻寺の縁起(❸)に『草創は聖徳太子の弟、麻呂子(まろこ)
 親王が河内国に造られた禅林寺を、親王の孫、當麻国見が、
 役行者(えんのぎょうじゃ)錬行の当地に移した。その後、
 天武天皇が伽藍を造営し、當麻寺と改めた』とある。

 宗旨としては、最初は三論宗(奈良仏教、南都六宗の一つ)、
 次いで、平安時代に弘法大師の真言宗となり、鎌倉時代には、
 浄土宗の霊場となって行った。

 現在は真言・浄土の二宗を併立している言う。時代と共に
 宗旨が変遷し、堂塔に反映されてきた。宗旨が変わろうと
 古いものを大事に残すところに、仏教の寛容さを感じる。
❸當麻寺の縁起
  
 本堂の受付で拝観料を納めると、本堂、金堂、講堂の3つのお堂
 を拝観できる。先ずは本堂からスタート。

 A本堂
  仁王門から見て、正面に位置する本堂(❹)は国宝建造物。内部の
  状況は❺のようになっている。

  中央の須弥壇には厨子に入ったご本尊の曼荼羅(❻)が安置されて
  いる。須弥壇を中心に、時計回りに廻ると、「弘法大師参籠間」、
  「役行者」を祀る部屋がある。

  須弥壇の裏側を進み、反対側に出ると、須弥壇の中に、中将姫
  二十九歳像を目にする。中将姫の向かい側の部屋には織姫観音
  と呼ばれる十一面観音菩薩(重文)が立つ。

  本堂で、「蓮糸大曼荼羅」の御朱印を頂いた(❼)
❹本堂(国宝)      ❺本堂の内部
❻本尊・文亀曼荼羅(重文) ❼當麻寺御朱印


 B金堂・講堂
  いずれも、鎌倉時代造立の重要文化財指定の建造物(❽、❾)。
  金堂には特別有名な仏像が安置されている。
❽金堂(重文)      ❾講堂(重文)
 【金堂
   中央に本尊の弥勒仏が鎮座し、四方を四天王が囲む(❿)。
   各尊像文化財指定状況、材質、制作年代は⓫の通り。
   このような視点でとらえることは、仏さまを文化財として
   見ている。不謹慎と言われかねない

   本尊の弥勒仏像は日本最古の塑造、四天王像は最古の乾漆造
   と言われている。正に白鳳仏の名作。
       (ネットの画像)
❿本尊・弥勒仏(国宝)     ⓫金堂の仏像配置

 【講堂
   講堂には数多くの仏像が並んでいる(⓬)。どのような基準で
   選ばれた仏像なのかは良く分からない。初めて聞く名前の
   仏像を目にした。「妙憧菩薩(みょうどうぼさつ)」。
   地蔵菩薩の古称であることを、後で知った。
     (ネットの画像)
⓬本尊・阿弥陀如来(重文)   ⓭講堂の仏像配置

 C中之坊
   中之坊は弘法大師所縁の御坊(⓮)、「導き観音」(⓯)の信仰
   が篤い祈願所、後西(ごさい)天皇をお迎えした書院(⓰)、
   名勝・史跡の庭園(⓱)と様々な顔を持っている。

   「導き観音」とは、平安時代に、中将姫の守り本尊である
   十一面観音を刻み本尊とした。「導き観音」と呼ばれ、道に
   迷った時に行くべき道を示して下さるとの信仰となった。
⓮中之坊の縁起など       ⓯導き観音

⓰後西天皇 御幸の間    ⓱名勝・史跡 中之坊庭園

當麻寺の拝観も済ませ、奈良へ向かう。途中、矢田寺に寄ること
となり、バスで向かう。お昼時間となり、昼食は、バスの中で
取ることとなった。コンビニで弁当や、おにぎりを各人買った。

矢田寺
  寺名は知るも、誰も訪れたことがない。山門から見える階段
  (❶)は何段もありそうに見える。登ろうかどうか思案(❷)。

  登り始めるも、途中で断念し降りる(❸)。境内の案内図(❹)
  を見て、状況を理解した。
❶矢田寺山門        ❷階段はどこまで?

❸途中で引き返す   ❹境内案内図

京都駅までどのくらい、時間がかかるか読めないため、早めに
切り上げ、京都駅を目指した。2日間の古刹巡りも幕を閉じだ。
福田先生始め、ご参加の皆さんと共有できた時間は、心和む
楽しいひと時となった。感謝!(合掌)




2018年12月19日水曜日

空海研究会(2)奈良・信貴山でご祈祷‼


(続き)
12月5日(水)は信貴山玉蔵院の宿坊「富貴閣」に宿泊。
信貴山真言宗 総本山 朝護孫子寺には3つの宿坊があり、
その一つが玉蔵院。山内寺院(塔頭)が3つとも言える。

信貴山真言宗の管長様や玉蔵院のご住職が歓迎のご挨拶に
部屋まで来られた。福田先生の人脈の広さを改めて知る機会
となった。夕食は、全員揃って大広間で美味しく頂いた。

信貴山 玉蔵院 浴油堂での護摩祈祷
  宿泊している玉蔵院富貴閣のそばに、浴油堂がある(❶)。
  朝5時30分からの護摩祈祷に参加するため、5時前に
  起床し、ロビーに集合(❷)。
❶総本山信貴山案内図    ❷浴油堂に向かう前

  護摩祈祷と言えば、本尊は不動明王となるのが通例。
  浴油堂の場合は出世毘沙門天が本尊となっている(❸)。

  新義真言宗の開祖である覚鑁(かくばん)上人が信貴山の
  毘沙門天王に秘法を修され、開いたお寺が玉蔵院、その秘法
  が、浴油法となる。

  浴油法と言う護摩祈祷は、真言密教の諸々の秘宝の中でも
  最秘宝と言われる。清浄なこころを意識し、堂内へ入る(❹)。
❸浴油堂・出世毘沙門天の解説 ❹階段を登り浴油堂に入る

  狭い堂内に、参列者がどっと集まる。半数をフランス人の
  団体客が占めた。通訳の話によると、今までに何度も引率
  されたとのこと。外国人が、日本の伝統的なものに関心を
  持たれることは大変喜ばしい。

  護摩壇を囲むように、着席して待つ。暫くすると浴油法を
  執り行うお坊さんが入って来られた。静寂な中、護摩祈祷
  が始まった。

  堂内に響く読経の声、燃え盛る護摩木の炎、打ち鳴らす
  太鼓の音を間近で体感。迫力満点のご祈祷に感動した。
  次は、6時45分からの本堂でのご祈祷。
  
信貴山 朝護孫子寺 本堂での大般若祈祷
  本堂は京都・清水寺の舞台を思わせる懸(かけ)造りの
  様式になっている(❺)。
❺朝護孫子寺本堂

  堂内で椅子に着席して待つ。6時45分からのご祈祷が
  始まった。管長の朗々とした声が響き渡る(❻のイメージ)。
  ご祈祷を申し込んだ人の名が三度も読み上げられた。諸願
  も成就しそうに思える。

  また、大般若経の読経と合わせて、経典で打ち鳴らす音の
  迫力に度肝を抜かれた。本堂の須弥壇には、毘沙門天王(❼)
  吉祥天女、善膩師童子のファミリーが祀られている。

  浴油堂、本堂と言い、信貴山のご祈祷は、今までにない、
  強烈な印象を残した。
❻本堂でのご祈祷 ❼本尊・毘沙門天王
          (イメージ)

  ご祈祷が終り、本堂の外に出ると、雲間から朝日が指す光景(❽)
  に目を奪われた。辺り一面が、刻一刻と明るくなる様子(❾)が
  現出した。清々しい気分になった。
❽本堂外陣からご来光を仰ぐ  ❾時間と共に一面が明るくなる

  参列者は、懸造りの舞台から、眺望を楽しみ、景色をカメラ
  に収めていた(❿)。振り向いて、本堂に掛る扁額「毘沙門天王」
  の文字、両側に百足(むかで)がいる(⓫)。百足が毘沙門天王の
  お使いであることを初めて知った。
❿眺望を楽しみ、記念撮影  ⓫本堂に掛る扁額

  宿泊した玉蔵院の方面を見渡すと、巨大なお地蔵さんと
  三重塔が見える(⓬)。浴油堂と本堂でご祈祷されたお札を
  頂く(⓭)。
⓬地蔵尊と三重塔     ⓭ご祈祷のお札

宿坊に戻り、朝食を済ませた後、参道を歩き、バスの待つ駐車場
へ向かう。参道脇に、聖徳太子像(⓮)、大きな寅の像(⓯)を目に
する。

蘇我氏と物部氏との戦いの時、聖徳太子は蘇我氏側で参戦している。
戦勝祈願したところ、天空から毘沙門天王が出現し、必勝の秘法を
授けられたそうだ。その日が寅年、寅日、寅の刻であったとのこと。

その先勝祈願をした山を、信ずべき山、貴ぶべき山「信貴山」と命名
された。ついでに、朝護孫子寺と称したのは醍醐天皇の時代とのこと。
醍醐天皇が重病の時、信貴山の毘沙門天王のご加護によって全快され、
朝護孫子寺の勅号をたまわった。

聖徳太子~毘沙門天王~寅~信貴山~朝護孫子寺の歴史・伝説が実に
興味深い。
⓮馬上の聖徳太子像    ⓯世界一大福寅

樹齢1500年の榧(かや)の木(⓰、⓱)や参道の鳥居(⓲)は
古代から神仏習合の聖地であったことを物語っている。
⓰樹齢1500年の榧の木     ⓱榧の木の解説

⓲参道の鳥居

次に向かったのは當麻寺。(続く)


2018年12月17日月曜日

空海研究会(1)京都・南山城から奈良・斑鳩を巡る‼


空海研究会(東上野・成就院長老 福田亮成師主宰)では、毎年
空海所縁の寺院を訪ねている。今年は12月5日~6日の2日間、
京都・南山城、奈良・斑鳩、信貴山、二上山の古刹を巡った。
参加者は福田先生、会員10名(約30名中)、ゲスト1名の
総勢12名。

新幹線で京都駅まで行き、京都駅から予約していたバスに乗車し、
南山城へ向かう。訪れる寺院は、蟹満寺と観音寺(下記地図)。
両寺院のご住職は、僧門において福田先生と深いご関係をお持ち
の方々。
京都・南山城 蟹満寺、観音寺の所在地
蟹満寺
 蟹満寺は真言宗智山派の寺院。山門脇には「普門山 蟹満寺」(❶)
 の門柱が建つ。拝観受付の窓口下の壁には蟹の彫刻が掛る(❷)。

❶蟹満寺の山門       ❷拝観受付に掛った蟹
 
 ご住職お住いの応接間に案内された。部屋の壁には「蟹の額」(❸)が
 飾ってある。ご住職、奥様、福田先生とご参加の皆さんは暫し歓談(❹)。
 頂いたお茶は、今までで味わったことのない美味しさ。感激!
❸部屋の壁に掛った蟹     ❹呈茶に談笑する皆さん

 いよいよ、本堂にご案内されて、ご本尊の国宝・釈迦如来坐像を
 拝観(❺)。堂内の壁には、蟹満寺縁起を伝える絵が六面、掲示
 されている。沢山の蟹が満ち満ちて恐ろしい災難を救った因縁
 で蟹満寺と名づけられ、妙法蓮華経普門品(観音経)の功徳を
 たたえ、普門山と号されたということだ。

 ご住職のお話では、蟹満寺の創建は七世紀後半の白鳳期に遡り、
 境内周辺の発掘調査で、創建当時金堂の遺構が、現本堂の下に
 あることが判明したとのこと。ご本尊は、白鳳期から同じ場所
 に鎮座されていることになる。(飛鳥大仏と同じだ!)

 このように穏やか表情で、1300年間も人々の願いや祈りを
 受け止めて来られたと思うと、一層神々しく輝いて見える。
 御朱印は❻の通り。

 古代の丈六金銅仏として残っているのは、飛鳥寺、蟹満寺、
 薬師寺の各尊像だけとのこと。
         (絵葉書から)
❺本尊・釈迦如来坐像(国宝)     ❻蟹満寺の御朱印 

 堂内は本尊左脇壇(向かって右)に、中尊・聖観世音菩薩(❼)、
 左脇侍・不動明王、右脇侍・地蔵菩薩が並んでいる。
 右脇壇に、中尊・阿弥陀如来、左脇侍・弘法大師、右脇侍・
 興教大師の三尊像となっていた。

 注目は、ご本尊とは別に縁起本尊として、厄除 聖観世音
 菩薩が祀られていること。

 一通り拝観した後、蟹満寺ご住職もご一緒に、記念撮影(❽)。
 次に向かう先は観音寺。
       (解説冊子から)
❼縁起本尊・聖観世音菩薩  ❽本堂前で記念撮影

観音寺
 境内入口で京都南山城 国宝巡礼の立て看板(❶)を目にした。
 蟹満寺の釈迦如来坐像と合わせて、観音寺の十一面観音立像が
 一際、目立つ。他に仏像では、浄瑠璃寺の阿弥陀如来坐像と
 四天王立像がある。こちらは、昨年5月に拝観済み。

 本堂の前には、観音寺の縁起とご本尊・十一面観音立像について
 の案内板(❷)が立つ。
 〇観音寺は真言宗智山派の寺院であり、大御堂(おおみどう)
  とも普賢寺(ふげんじ)とも呼ばれる。
 〇天武天皇の勅願で義淵(ぎえん)が創建、聖武天皇の勅願で
  良弁(ろうべん)が伽藍を整備した。
 〇ご本尊の十一面観音立像は良弁によって安置されたという。
❶国宝巡礼案内    ❷観音寺縁起の案内

 周りが田園地帯の中に、観音寺の本堂(❸)が建っている。ご住職
 の案内で、堂内に通され、ご本尊の国宝十一面観音立像とご対面。
❸観音寺本堂

 厨子の扉が開けられると、天女のような十一面観音が出現した。
 天平時代の名作に思わず息を飲む。指先には木心乾漆造ならでは
 の造形美が見事。

 数ある十一面観音の中でも、観音寺像は、美しさベスト3に入る。
 奈良・聖林寺像、滋賀・向源寺像と合わせ、この3体は甲乙つけ
 難い。観音寺の御朱印は❺の通り。
 ❹本尊・十一面観音立像(国宝) ❺観音寺の御朱印

 観音寺においても、記念撮影(❻)。境内の池には金色に輝く鯉が
 泳いでいた(❼)。次に向かった先は奈良・斑鳩の法隆寺。
❻本堂を背に記念撮影     ❼金色に輝く池の鯉

法隆寺
 白鳳時代の釈迦如来(蟹満寺)、天平時代の十一面観音(観音寺)
 を拝観した後は、法隆寺で飛鳥時代の仏像にお会いする。

 バスの駐車場で降り、法隆寺へ向かう。ここに来ると、飛鳥の
 風を感じる。法隆寺の境内(❶)は広い。拝観受付(❷)で頂いた
 チケットは「西院伽藍」「大宝蔵院」「東院伽藍(夢殿)」の
 入場券となっている。
❶法隆寺境内図   ❷拝観受付への入口

 西院伽藍エリアで一番良く目にする堂塔が並列する五重塔と
 金堂(❸)。法隆寺式伽藍配置と言われる伽藍配置であり、
 仏舎利と仏像を同等に重んじるようになったことを示す。
❸金堂と五重塔

 最初に拝観したのは、五重塔と金堂の後ろに位置する大講堂。
 薬師三尊像(国宝)と四天王像(重文)(❹)が堂内に鎮座。
 大講堂内で、御朱印「以和為貴」(❺)を頂く。建物と諸尊像
 は共に平安時代の造立。
❹大講堂の薬師三尊像 ❺法隆寺の御朱印

 大講堂と繋がる回廊は平安時代、その先の部分は飛鳥時代の
 建築(❻)であると、お寺の方から説明を受けた。柱と虹梁に
 違いがあった。

 次は、回廊の内側にある金堂を訪れた。あまりにも有名な仏像
 釈迦三尊像(❼)を拝観した。造立当時のままで残る日本最古の
 像は、有難みを強く感じる。
❻飛鳥時代の回廊      ❼金堂の釈迦三尊像(国宝)

 五重塔は外観のみ眺め、大宝蔵院、百済観音堂(❽)へ移動した。
 百済観音像(❾)の造形は現代でも、斬新に感じる。その像が、
 飛鳥時代に制作されたこと自体驚きだ。

 かつて、フランスのルーヴル美術館に出陳され、大好評を博した
 そうだ。海外でも評価され、日本が誇れる文化的遺産と言える。
❽朱色の百済観音堂    ❾百済観音(国宝)

 大宝蔵院に安置される、数多くの名作の中でも、一番の注目は
 九面観音菩薩立像(❿)。8世紀初頭、唐から請来の像であり、
 白檀でできた30数センチの小像。本体から離れている天衣まで
 含め、一木造となっている。その技量の高さに仰天する。
❿九面観音立像(国宝)

 東院伽藍の閉館時間もあり、急いで夢殿のある東院伽藍へ移動。
 救世観音は御開帳日でないため、残念ながら拝観できなかった。
 夢殿拝観後、宗教における「夢告(むこく)」について福田先生
 からご教示頂いた(⓫)。
 
 法隆寺拝観を終え、東院伽藍から西院伽藍への参道(⓬)を歩き、
 バスに戻った。向かうは、今晩宿泊する信貴山 玉蔵院。
⓫先生のご説明を拝聴する参加者 ⓬東院伽藍を出ての参道 

★★翌日の探訪(朝護孫子寺、當麻寺)は次のブログでリポート
  (続く)★★