2016年3月26日土曜日

「仏像の観方・楽しみ方」講演会開催のお知らせ


杉の樹大学同窓会主催「仏像の観方・楽しみ方」講演会が開催されます。
★日時:4月16日(土)13:30~15:30
★会場:高齢者活動支援センター (高井戸地域区民センター内)
ご興味のある方は、どうぞお出かけください。(先着順のようです)
http://www.city.suginami.tokyo.jp/event/hokenfukushi/koureishasisaku/1019366.html

 第4回 今年のテーマ
 
趣味が高じて、始めた「仏像の見(観)方・楽しみ方」もお陰様で
今年でシリーズ4回目を迎えることとなりました。これも、偏に
杉の樹大学同窓会とご参加頂く皆さまのお蔭です。
過去に使用の資料(画像)は以下の通りです。
 第1回 (2013年4月)
 
第2回 (2014年4月)
 
第3回 (2015年4月)
 
 

2016年3月24日木曜日

江戸六地蔵の浄名院、谷中七福神の護国院を参拝


小雨の降る、寒の戻りの中16名が鶯谷駅に集合。今回の参拝寺院は
江戸六地蔵の浄名院(じょうみょういん)と谷中七福神の護国院。
いずれも寛永寺の子院。

最初に向かった先は浄名院。ご本尊が阿弥陀如来と地蔵菩薩。
見どころは、膨大な数の石仏、お地蔵さんと丈六の銅造地蔵菩薩坐像。
この丈六像はちょっと変わった形の傘を冠り、顔立ちは男性的で凛々しい。

山門            本堂に鎮座するご本尊

石仏のお地蔵さん       江戸六地蔵の銅像地蔵菩薩

八万四千体地蔵の解説           総本尊地蔵
 
八万四千体地蔵から八万四千という数が話題となった。そこで、
仏教に帰依し、仏教を篤く保護したインドの王様、アショーカ王の
伝説を紹介した。
 
アショーカ王は埋葬されていた仏舎利を取り出し、分骨して、
84000の仏塔を建立したと言う。その84000と関連している
かもしれないと話した。
 
後で、調べてみると「八万四千の法門」「八万四千の煩悩」と
言った言葉があり、いずれもたくさんあることを表す言葉として
使われているとのことだ。予想通りであった。
なお、法門とは仏様の教えのこと。
 
また、84000という数字は薬師如来の眷属にも出て来る。
薬師如来には12人の神将が守護している。その十二神将には
一人7000人の部下がいるとされる。
12×7000で84000の眷属(正確には84012か?)がいると
言われる。これも、アショーカ王伝説と繋がるのか?
 
総本尊地蔵の脇侍、二童子像は不動明王の二童子、
制多迦童子と矜羯羅童子とよく似ているのには驚いた。
何という童子だろうか?
 
また、山門のそばに「不許葷酒入山門」の文言を記した石柱が
立っていた。これは何と読むかとの質問を受けた。
「葷酒(くんしゅ)山門に入るを許さず」と読み、臭いの強い野菜や
酒は修行の妨げとなるから持ち込むことができないと解説した。
禅宗寺院では良く見かける。
 
次に向かった先は、今年1月9日、谷中七福神巡りで参拝した
大黒天の護国院。その時は参拝客が大勢で本堂に上がることは
できなかった。開いていたら自由に参拝できるとのことだ。
お堂に、上がらさせて頂き、大黒天やご本尊の釈迦三尊像を
しっかり拝観させて頂いた。何とオープンなお寺だろうか。
お寺はこうでなくてはいけないと思う。
 
生まれ年毎の護り本尊となる仏像も鎮座し、仏像愛好倶楽部の
皆さんにとって打って付けのお寺と言える。皆さんじっくり、
くまなく拝観されていた。満足、満足。
最後に、本堂を背に記念撮影。

護国院 山門
 
大黒天         大黒天の後ろに本尊・釈迦三尊像

楽堂          参拝を済ませ、本堂を出る

本堂前で記念撮影
 
参拝を済ませた後は、清水観音堂の前にあるレストランで舌鼓を
打ちながら、歓談する。今日も楽しい見仏会でした。
 
解散した後、井戸さんのお誘いで、近くにオープンしたびわ湖長浜
KANNON HOUSEを見学した。観音の里と言われる滋賀県長浜の
仏像をこれから展示されるとのこと。
今回は宝厳寺(ほうごんじ)の聖観音が出展されていた。
上野に出かけた際には、ぜひ立ち寄りたいところだ。
 
東京藝大で「観音の里の祈りとくらし展Ⅱ」が
7月5日(火)~8月7日(日)に開催されるとのこと。
ぜひ、BACで行きましょう。
 
滋賀長浜・宝厳寺の聖観音
 
 
 

2016年3月18日金曜日

渡辺亮一さん「江戸の六地蔵を見に行こう」


3月学習会のスピーカーは渡辺亮一さん。テーマは「江戸の
六地蔵を見に行こう」。
参加者も28名と会場もほぼ満席状態の賑わいとなっている。
特に、ご長寿ポイントの皆さんは17名全員出席とは見事!
健康で楽しく過ごせることが何より。2月に入院した小生にとって、
健康の有難みはひとしお。

渡辺さんは昨年11月の発表に続いて2度目の登板となる。実際に
参拝された寺院についての縁起紹介とご自身の体験を織り交ぜ、
面白可笑しく話された。
参加者の皆さんを飽きさせないようにと趣向を凝らしていた。

江戸六地蔵のうち、BACで参拝したところも2寺院ある。
平成25年2月の太宗寺と同年6月の眞性寺。
「江戸六地蔵」は次の通り。


 
 
 
六地蔵の寺院と六街道の関係は
品川寺ー東海道、 東禅寺ー奥州街道、 太宗寺ー甲州街道、 
眞性寺ー中山道霊厳寺ー水戸街道、 浄名院は永代寺の代仏で
街道沿いにはない。<永代寺(廃寺)ー千葉街道>
 
 

2016年3月9日水曜日

「空海を学ぶ講座」ご紹介!


平成28年度 川崎大師仏教文化講座が4月3日開講となります。

★テーマ:「弘法大師の教えに学ぶ」
★日程:月1回、第1日曜日の午後2時~3時30分です。
  (ただし7、8月は無く、10、11月は第二日曜日 計6講座) 
★会場:川崎大師教学研究所講堂

どなたでも受講できます。事前申込み不要。受講料1講座1000円。
ご希望の方はどうぞ、お出かけください。(定員100名、先着順)

(講座案内のチラシ)

【ご紹介する理由】
東上野の真言宗智山派寺院「摩尼山 成就院(まにさん じょうじゅいん)」
で毎月1回「空海研究会」が開かれます。
主宰は空海研究の第一人者、福田亮成先生。
福田先生は、大正大学名誉教授であり、川崎大師教学研究所所長を
されています。

この研究会に平成25年2月から参加させて頂き、早や3年が経ちました。
この3年間で「弘法大師著作集」を読み、学んで参りました。中国的思考と
合わせ、インド的思考で論を展開する空海には理解を超える部分が多々
あります。然しながら生涯を通して学ぶに相応しい高僧であり、教えと
心得て、取り組んでいます。

大日如来を中心に曼荼羅の世界で数多くの仏像と出会います。
仏像好きな私にとって空海を学ぶことは「仏像について更に知る」ことに
繋がるように思えます。
ご関心のある方は、ご興味のあるテーマに絞ってご参加されるのも
良いのではないでしょうか。

第一回の4月3日は福田亮成先生が「弘法大師の文章を読む
ー大使福州の観察使に与うるがための書ー」についてお話しされます。

2016年2月3日水曜日

關信子先生 特別講座 第2回開催!


美術史家・關信子先生の特別講座「仏像入門 
さまざまな信仰・さまざまな姿」の第2回は
「如来像・菩薩像」。
会場は初回同様、満員御礼。(48名の参加)

【如来像】

先ずは、用語の定義から話された。意訳して「如来」、
音訳して「仏陀」。仏陀は更に省略して「仏」となる。
従って、釈迦如来=釈迦仏、阿弥陀如来=阿弥陀仏、
薬師如来=薬師仏、毘盧遮那如来=毘盧遮那仏。

元々は阿弥陀仏陀や薬師仏陀とも言われたものが、
阿弥陀仏、薬師仏となったようだ。

不思議と、大日如来だけは大日仏と聞いたことが無い。
別格扱いとなっているのか?

諸仏通相(しょぶつつうそう)」を改めて認識した。如来の三十二相、
八十種好と言われる通り、共通の相をしており、独尊では何仏かを
特定することは難しい。 

法隆寺金堂の釈迦三尊像は光背の銘文がなければ、釈迦如来とは
特定できない。
同じく、法隆寺の伝橘夫人念持仏・阿弥陀三尊像は脇侍が観音・勢至と
特定でき、結果中尊が阿弥陀如来となる。唐招提寺の盧舎那仏は
光背の千体仏で盧舎那仏と言える。
釈迦如来、阿弥陀如来、盧舎那仏は皆、同じような姿をしている。

極楽浄土に連れて行ってほしいという願望が、親指と人差し指で輪を作る
阿弥陀の印相を生むことになった。他の仏と見まごうことのないようにする
ためのマークとのことだ。
それほど、阿弥陀に対する信仰が強かったと想像できる。

薬師如来も同じ理由から薬壺を持つ姿になったようだ。医学が発達して
いない時代に、病気平癒を祈願する仏はどれほど有難かったか。
他と区別してほしい気持ちも分かる。

【菩薩像】

上求菩提(じょうぐぼだい)、下化衆生(げけしゅじょう)」。
自ら勉強しながらも先生役を果たすのが菩薩と言える。
菩薩も如来と同じく三十二相を備えていると考えて良い
とのことだ。

日常良く接する、菩薩について解説頂いた。特に地蔵菩薩が
日本で発達したと言う話は大変興味深い。インドでの作例が無く、
中国でもわずかとのこと。
地蔵十王経という経典があるにも関わらず、中国で少ないのは不思議。

ここでも、關先生ご専門の迎講と繋がるように感じられた。
恵心僧都源信のベストセラー「往生要集」で地獄の怖さが身に
染みた時代。
観音菩薩だけでなく、新たに地蔵菩薩の救いを求めるように
なったのだろう。

現に、中尊寺金色堂では阿弥陀三尊の他に六地蔵を祀っている。
極楽往生できることを二重に担保している。戦乱に明け暮れた
奥州藤原氏は戦死者の供養と同時に自らが地獄へ落ちることを
極端に恐れていたと思われる。

【仏像の約束事】

その他、仏像の約束事として「印相」、「大衣(だいえ)の着用法」、
「姿勢」についても言及された。大衣の着用では「偏袒右肩」が
正式な着方。

理由は右が浄い、左が不浄との考えから不浄の左を隠すそうだ。
仏の周りを行道する場合は右手が内側になるように右回り(時計回り)
にする。なるほどと感心。

京都大原三千院の阿弥陀三尊像脇侍、観音・勢至菩薩は
「跪座(きざ)」と言う大和座り。この跪座は野外仮面劇で演じられた
ものが取り入れられたもの。日本だけとのこと。

あっと言う間の2時間。また、新しい視点が増えた。次回「明王・天部」が
楽しみとなる。



2016年1月21日木曜日

中野区の古刹 成願寺、宝仙寺を参拝


地下鉄丸ノ内線中野坂上駅改札口、10時に24名が集合。
最近にない大勢のご参加。24名が三々五々が集まると、
改札口近辺に人だかりができる。賑やかだ。

今回の参拝は最初に、「中野長者の寺 多宝山 成願寺」と言う
曹洞宗の寺院。次に、真言宗豊山派の寺院 明王山 宝仙寺。

成願寺は幹事の井戸さんが予約をされ、堂内の拝観許可も下りている。
先ずは、成願寺目指して、スタート。幼稚園の敷地に大きな布袋尊像が
安置されている。
成願寺付属の幼稚園と気づく。長い塀を右手にして進むと、成願寺の
山門が見えて来る。中国風の門で、禅宗寺院の中でも、黄檗宗寺院
で良く見かけたように思う。
~~~【成願寺】~~~
                     中野坂上駅から成願寺を目指して歩く           三門

三門を抜け境内に入ると、六地蔵と「中野長者ものがたり」絵巻物が
目に付く。六地蔵は墓地の入り口に安置されており、六地蔵には名前が
付けられている。六道世界のどこを守護するか決まっている。
鈴木九郎が中野長者と呼ばれるようになった経緯やお寺の名前が
成願寺となった縁起が書かれている。

六地蔵         中野長者ものがたり

本堂(大雄宝殿)に集まり、ご住職から寺縁起や所蔵の
仏像について解説を受ける。
ご本尊の釈迦牟尼如来(禅宗寺院では釈迦牟尼と言う)は
鎌倉期の仏像(頂いた冊子では室町前期とある)で、衣が
台座に掛り、垂れ下がる様式は鎌倉時代に多い。

ご住職の説明では、都内では成願寺と青梅・天寧寺の仏像
だけとのこと。
鎌倉・円覚寺の宝冠釈迦如来も、同様な様式だった。
宋風の仏像と言える。ご本尊の方が、お寺創建より古いのは、
創建時に開山となるお坊さんが本山寺院の小田原から
移されたから。

本堂(大雄宝殿)

ご本尊は黒く、須弥壇が薄暗いため、お姿が確認しにくい。
そこで大きなパネルの写真でご説明された。
          ご本尊パネル写真  須弥壇のご本尊・釈迦牟尼如来

堂内には、他に厨子に入った観音菩薩像とその前に数多くの
位牌が並べられていた。
この観音は講を組んだ人達のところへ出開帳された像とのこと。
100観音の中で、唯一残った像のようだ。
厨子に入っていたからか、金色に光っていた。

更に、別の部屋へ案内され、小さな千手観音像を拝観させて
頂いた。截金が施された精緻な像であり、檀信徒から奉納された
ものだ。作者が現代の大仏師、松本明慶師と言うから凄い。
厨子入り観音菩薩     奉納された千手観音

通路の窓から外を眺めると、防空壕が見える。第二次大戦中の
空襲で堂宇や、仏像は全焼したが、かろうじてご本尊はこの防空壕の
お蔭で守れたと言う。仏像は大事に思う人によって受け継がれる。
防空壕

その他の拝観した堂宇は圓通閣(百観音堂)と龍鳳閣(開山堂)。
百観音堂には百の観音霊場のご本尊と同じ姿の観音さまが安置
されているという。
 
百観音への信仰が盛んな中、この寺を参詣することで、同じ功徳が
得られるとは何と有難いことか。
百観音とは西国三十三、坂東三十三、秩父三十四の観音霊場で
百となる。

開山堂には中央に開祖・川庵宗鼎(せんあんそうてい)大和尚、
向かって右に道元禅師左に瑩山禅師が祀られている。
道元は曹洞宗の祖、永平寺の開祖、瑩山は總持寺の祖であり、
いかにも禅宗寺院らしい配置となっている。
百観音堂(手前)と開山堂(奥)

百観音堂の内陣          開山堂の内陣

参拝を終えた後、本堂を背に記念撮影。シャッターは若いお坊さんに
お願いした。

次に、向かったのは宝仙寺。こちらの参拝は境内のみで、
堂宇内の拝観はできない。門柱に「明王山 宝仙寺」の文字。
明王山とあるように、このお寺のご本尊が明王であることと
容易に想像がつく。
~~~【宝仙寺】~~~
明王山 宝仙寺の門柱   境内にある堂塔や諸尊像の解説板

石臼塚              三重塔

弘法大師像          八十八大師塔

御影堂                弘法大師像

見返り(見送り)地蔵

初めて拝見した珍しいものに、「石臼塚」「八十八大師塔」
「見返り地蔵」(宝仙寺発行の冊子では見返り地蔵。見送り地蔵
と紹介されるものもある)
特に、見返り地蔵には驚いた。顔を西方に向けた珍しい地蔵尊で、
亡くなった方々が極楽浄土に往生するまで見送るという慈悲心を
表しているとのこと。









2016年1月20日水曜日

美術史家・關信子先生 特別講座 初日開催!


 「迎講」の講演会や「仏像歳時記」を通して、絶大な人気の關信子先生。
本日、仏像入門編として3回シリーズの特別講座を開催した。
参加された方は48名。

「仏像サロン」「仏像愛好倶楽部」「小平花南仏像の会」の各会員と
ゆうゆう荻窪東館の運営に携わる人など主として4グループの皆さん。

いつものように、終始お立ちになったまま、マイクもお使いにならず、
2時間お話になられた。良く通るお声、明快な解説と、またまたファンが
増えたのではないだろうか。
特別講座でお話しされる關先生

仏像入門の第1回目は「仏像の世界」。仏像誕生の推移を仏教の
変遷に合わせて解説頂いた。最初に色んな像をスクリーンに映され、
「これは仏像ですか?」と問題を投げかけられた。

また、入門書に書かれている三角形の組織図(如来を一番上に書き、
次に菩薩、明王、天部の四層の図)はおかしいとご指摘された。
ほとけの世界はそんな単純なものではない。今日のお話は、皆さんを
少し、混乱させることになるかもしれませんと前置きしながら進められた。

仏像とは〝ほとけ〟の像とされる。〝ほとけ〟は釈迦牟尼だけに限らず、
他の仏・菩薩など数多い。ほとけさまが一人でないところに仏教を難しく
している面がある。
一方、多神教の日本人にとっては馴染みやすい面もある。

[Ⅰ]仏像の定義、[Ⅱ]仏教の歴史、[Ⅲ]諸仏の誕生、[Ⅳ]仏像の誕生、
の順にお話しされた。釈尊誕生から2500年、仏像誕生から2000年の
歴史を概観して頂いた。

仏教の歴史の中で印象に残ったことは釈迦との関わり方の推移。
①釈迦の時代・・・釈迦から直接教えを受ける
②原始仏教の時代・・・釈迦を拝む〔仏舎利、遺物崇拝〕
③部派仏教の時代・・・仏伝の表現〔超越的な不可視の存在〕
④大乗仏教興隆・・・仏像礼拝
⑤密教興隆・・・衆生は本来仏性を備える、即身成仏の教え

「仏舎利を拝む」「仏伝で表現」「仏像礼拝」する時、釈迦像があるか
ないかの違いはあるものの、拝む者の精神に違いはあるのだろうか。
無いようにも思える。

密教は大乗仏教の発展形なのだろうか、全く別物だろうか。インドでは
仏教が衰退しかけた時の宗教改革として密教が登場したとのこと。
大衆に好まれるものを取り入れないと宗教も廃れる。

大乗仏教がもたらした諸仏誕生の中で、「釈迦牟尼」と「釈迦如来」の
違いが明確になった。「釈迦牟尼」と言った場合は釈迦族の聖者であり、
実在の人物。「釈迦如来」と言った場合は「仏陀」となった礼拝の対象。
ところで、「釈迦牟尼仏」と「釈迦如来」の違いは何だろう。

更には、三世十方お諸仏として、阿弥陀如来や薬師如来など浄土を
持った如来が生まれ、釈迦如来も如来の中の一人と位置づけされた。

密教によって大日如来が考えられると、諸仏は大日如来の変化した
尊像となる。そうなると釈迦如来の存在も違って来る。これは次回の
講座でお聞きしよう。

菩薩は大乗仏教発展の功労者と言える。利他行を実践するほとけ様
であり、我々にとって有難い存在だ。「慈悲の観音」「智慧の文殊」
「行の普賢」は有名。
 
他に、どの菩薩にどんな徳目があるかも知りたいところ。
特に二大テーマの「慈悲」と「智慧」のどちらを分有するのだろうか。

最後に、出題された尊像名の正解と合わせ、仏像と言えるかどうか
解説して頂いた。
仏像と言える決め手の一つは手を合わせたくなる像かどうかのようだ。
手を合わせたくなれば、その人にとっては正に〝ほとけ〟と言える。
なるほどと頷いた。

講座終了後に、關先生と歓談する中から学んだこと。三角形組織図
の山は一つではなく、いくつもある。説明がつかないものを一つに
まとめるからおかしい。
ある時は不動明王が一番上にある山。観音菩薩が一番上の山などと、
数限りなくある。

ぜひ、そのような図解入りの入門書をご執筆くださいと要望する。
残念ながら、時間的にご無理のようだ。

次回は、「如来」「菩薩」についての講座。質問は当日受け付けて
頂けるとのこと。どうぞ、お楽しみにしてください。