2020年6月27日土曜日

十一面観音の「暴悪大笑面」って、どんなお顔?

【観音シリーズ 第6弾】

変化観音(へんげかんのん)の今回テーマは、「十一面観音」。
変化観音の成立は❶の通り。十一面観音の成立が最初であり、
次いで、不空羂索観音、千手観音と続く。

従って、十一面観音の像容が他の観音に影響を与えているとも
言えるのではないだろうか。六道の世界では「修羅道」の衆生
を救済する観音となる。戦乱によって亡くなった者を慰霊する
仏様だ。
❶変化観音の成立と観音信仰

1.十一面観音の特徴
  大きな特徴は「十一面」で「二臂」「左手に水瓶(すいびょう)」
  を持っている。また、右手は下向きに下げて、「与願印」を結ん
  でいる(❷)。

  滋賀県長浜市の向源寺十一面観音像(❷)は、頭上面の一部が、
  ヘッドホーンのように垂れ下がっているが特徴的だ。ガンダーラ
  風の雰囲気を醸し出す像容は、十一面観音像の中でも、特に魅力
  的な観音像だ。

  頭上には化仏(❸A)と十一面の変化面(❸B~F)が載る。
  化仏は、阿弥陀如来のことであり、十一面観音に限らず、すべて
  の観音菩薩が、頭上に戴く。正に、観音の証となる。

  4つの変化面の意味については、❸に示す通り。その中で、今回
  のテーマとなっている「F大笑面」、正確には「暴悪大笑面」に
  ついて触れたい。「ぼうあくだいしょうめん」と読む。

  「悪への怒りが極まり、笑う」とある。「人間の愚かさに呆れて、
  笑い飛ばす、笑うしかない」と理解している。通常は、背にある
  光背や、壁面に遮られ、拝観することができない。

  前述の向源寺像は、収蔵庫に安置されており、360度の拝観が
  可能となっている。お蔭で、暴悪大笑面を間近で心行くまで眺め
  ることができる。

  十一面観音像拝観の楽しみの一つに、この暴悪大笑面とのご対面
  がある。時には自分の愚かさ、至らなさを笑い飛ばして頂きたい。
❷十一面観音の特徴     ❸変化面の構成と解説

2.国宝の十一面観音像 ご紹介
  数ある十一面観音像の中で、国宝に指定されているのは7躯のみ。
  いずれも美しく、魅力的であり、仏像好きの心を鷲づかみにして
  いる。既に、ご紹介の向源寺像を除き、あと6躯ある。

 A.奈良・聖林寺像、京都・観音寺像(❹)
  いずれも、8世紀後半に制作の木心乾漆造。向源寺像が木造乾漆
  併用であり、乾漆の使用が共通している。乾漆で造形することで、
  表情や指先などの微妙な表現が可能となるようだ。

  個人的な感想で、「美しい・神々しい」十一面観音像のベスト3
  は、聖林寺像、観音寺像、向源寺像に絞られるように思える。初
  対面の時に、吸い込まれるような感覚になった。

 B.大阪・道明寺像、奈良・法華寺像(❺)
  造立にまつわることとして、特定の人物を結びつく十一面観音像
  が、道明寺像と法華寺像と言える。道明寺は菅原氏の氏寺であり、
  法華寺の開基は光明皇后である。共に尼寺であることも興味深い。

  道明寺像は菅原道真の作と伝わり、法華寺像のモデルが光明皇后
  と言われている。二人とも、敬愛する人物であり、観音像と同時
  に、造立に関わるエピソードに関心が強まる。

  二像の像高は1mほどであり、他の五像に比して、小ぶりである。
  いかにも尼寺らしく、控えめな感じがする。
❹聖林寺像・観音寺像    ❺道明寺像・法華寺像

 C.奈良・室生寺像、京都・六波羅蜜寺像(❻)
  室生寺像はうら若い女性のような感じがする。会津八一は短歌で、
  「うらわかく ほとけいまして むなだまも ただまもゆらに
   みちゆかすごと」と詠んでいる。「うら若い女性が胸飾りの玉や
   手首の玉を鳴らしながら歩いているようだ」

  六波羅蜜寺像は、12年に1度ご開帳の秘仏。たまたま参詣した
  時が、ご開帳の年であり、運良く、拝観できた。大きさに驚いた
  ことを思い出す。

  国宝の十一面観音像を像高順に並べてみた(❼)。六波羅蜜寺像
  の258㎝は、道明寺像98㎝の2.6倍もある。比べてみて
  初めて分かることであり、普段大きさの違いはあまり感じない。
❻室生寺像・六波羅蜜寺像  ❼国宝十一面観音像(像高順)

3.長谷寺式十一面観音像
  長谷寺式十一面観音については、昨年12月18日のブログで、
  触れた。真言宗豊山派の総本山、長谷寺(奈良)のご本尊様式
  を「長谷寺式」と言う。

  即ち、右手に錫杖と念珠を持ち、左手は蓮華をさした水瓶を持つ。
  そして、岩座に立つ(❽)。いわば、観音菩薩と地蔵菩薩が一体
  となった形と言える。迷い、苦しむ人々を救いに赴いてくれる、
  大変有難い仏だ。

  鎌倉・長谷寺や奈良・西大寺の十一面観音像も長谷寺式(❾)に
  なっている。
❽長谷寺式十一面観音   ❾(鎌倉)長谷寺像・西大寺像

国宝の十一面観音像7躯はすべて拝観した。しかも何度ご対面しても
感動する。すべて1000年以上も護り継がれてきた像である。正に
日本が誇る文化遺産であり、これからも末永く護り続けたい。


【観音シリーズ】 つづく



2020年6月18日木曜日

千手観音の手は本当に千本あるの?

【観音シリーズ 第5弾】

「馬頭観音(5月24日)」「准胝観音(30日)」「不空羂索観音
(6月5日)」「如意輪観音(11日)」に続き、今回は「千手観音」
を取り上げる。

1.三十三間堂の千手観音像
千手観音の圧倒的なパワーを感じるお寺は、京都東山の蓮華王院
三十三間堂が筆頭に挙げられる。文字通り三十三間、120mも
ある世界一長い木造建築の寺院だ。

中央に、像高3mを越える本尊・千手観音坐像(❶)が鎮座され、
両側に千体千手観音立像(❷)が林立する。これほど壮観な内陣
はない! 堂内1032体の仏像はすべて国宝と言うのも凄い。

千手観音には二十八部衆と言う眷属(❸)が従う。他の観音に、
眷属はいるのだろうか? 千手観音がこれだけ多くの眷属に守護
されるとは、千手観音のVIPぶりを物語っている。二十八とは
方位ごとに配置する眷属の合計数(❸に計算式)。

2018年に千体千手観音が国宝に指定された。また、その年に、
風神、雷神の左右配置換えや、二十八部衆の改名や配置換えも
行われた。現在の配置図は❹の通り。

従前は、中尊の周りを四天王が囲んでいた(❹図の13、14、15
16の位置)。今は、梵天、帝釈天や大弁功徳天(吉祥天)などが
囲む形になっている。

また、千体千手観音立像が1001体となっているのは、中尊の
裏側に、中尊と背中合わせになって、1体安置されている(❹)。
❶本尊と堂内仏      ❷千体千手観音立像

❸二十八部衆       ❹堂内配置図

2.千手観音の特徴
千手観音の手は本当に千本あるのだろうか? 本当に千本ある像も
ある。そのような像を「真数千手(しんすうせんじゅ)」と言う。
しかし、一般的には、四十二臂(ひ)の像が多い(❺)。

なぜ、四十二臂か? 胸前で合掌する二臂を除くと、残り四十臂と
なる。一つの手で25の世界を救うとされている。25とは、仏教
の宇宙観で天上界から地獄まで25の世界がある。

[40の手×25の世界=1,000]で「千手」と同じ働きをする
ことになる。また、<千>は無数を意味し、観音の慈悲の力を最大
強調したものと言われている。

千手(あるいは四十二臂)以外の特徴としては、頭上が十一面
なっていることや合掌印の印相を結んでいること(❺)。
❺千手観音の特徴・解説

3.千手観音の持物(じもつ)
仏像を特定する時、参考になるのが持物。持物が羂索の仏像なら
不空羂索観音か不動明王ではないかと想像する。宝剣を持つ仏像
なら、文殊菩薩か不動明王かと考える。

千手観音ほど、多種多様な持物を持つ仏様はいない(❻、❼)。
蓮華は4色もある。蓮華(しょうれんげ、右6)、蓮華
(びゃくれんげ、右15)、蓮華(ぐれんげ、左7)、蓮華
(しれんげ、右14)。いずれも仏の世界に近づく功徳か?

数珠(右18)、錫杖(右19)、羂索(左18)などは、よく目に
する持物。中には髑髏(左12)のような珍しいものもある。
❻千手観音の持物(右)   ❼持物(左と両手)

4.「真数千手」の観音像
 (1)大阪・葛井寺像(❽、❺)
   合掌する2本の手と1039本の大小脇手がある。1000
   を優に超える。2018年2月「仁和寺と御室派のみほとけ」
   特別展を、東京国立博物館で観覧した。

   葛井寺像は、その特別展に出陳されていた。360度の観覧。
   大小の脇手は、大きなリュックを背負うようにも見えた。お堂
   で拝観する時と違った楽しみ方が博物館にはある(❽)。

   なお、正式名称は「十一面千手千眼(せんげん)観世音菩薩」と
   言う。千眼は、千手の手の中に、眼がある。
❽大阪・葛井寺像
 
 (2)奈良・唐招提寺像(❾、❿)
   平成12年(2000)、金堂の修理が行われる際、千手観音
   は脇手を外さないと外に出せないとのことで、解体修理された
   とのことだ。

   最後に、付けられた手を探し出して、そこから外して行く。手
   は前後で層を成しているから、順番を間違えると外れない。
   修理した手は、逆の順番で組み付ける。一つ間違えると一から
   やり直しとのことだ。<芸術新潮 2015年5月号>

   42本の大型の手911本の小脇手(❿)を見ると、解体、
   組み付けの大変さが容易に想像できる。
❾奈良・唐招提寺像    ❿同左像 千手の解体図

 (3)京都・寿宝寺像、福井・妙楽寺(⓫、⓬)
   寿宝寺像(⓫)の脇手は、アコーディオンを二つ背負っている
   ように見える。また、照明によって顔の表情がまるで違うのに
   は、驚く。閉じていた眼が開かれるようだ。

   妙楽寺像(⓬)の特徴は、薪を束ねたように見える千の脇手と
   二十四面と言える。頭上に二段、二十一面あり、正面の本面と
   二つの脇面を入れて合計二十一面となる。長いこと、秘仏で
   あったとのことであり、金箔も良く残っている。

   両像とも国の重文に指定された、貴重な「真数千手」の像だ。
⓫京都・寿宝寺像      ⓬福井・妙楽寺

5.その他、国宝の千手観音像、ユニークな千手観音像
 (1)国宝千手観音像(⓭、⓮)
   現在、国宝にしてされている千手観音像は、先にご紹介の像を
   含め8件1,008躯(⓭)。

   四十二臂の一般的な千手観音の中で、代表的格が興福寺像(⓮)。
   5mを越える巨像であり、その迫力は唐招提寺像(❾)と競う。
⓭国宝千手観音像一覧      ⓮奈良・興福寺像

 (2)ユニークな千手観音像(⓯、⓰)
   千手観音の中でも独特な姿をしたのが京都・清水寺お前立像。
   本尊が秘仏のため、厨子の前に秘仏を模したお前立像が立つ。

   「清水型」千手観音と称され、両脇左右上方の腕を、頭上に
   伸ばし、化仏を両手で捧げ持つ(⓯)。

   ユニークと言うより、「異形(いぎょう)」と言う言葉の方
   がぴったり来る像が滋賀(長浜)・正妙寺(しょうみょうじ)
   の千手千足観音像(⓰)。

   足まで千本にするとは、それだけ、早く来てほしいとの願い
   に応えたものだろう。この像は、東京藝大の美術館でお目に
   かかった。
⓯京都・清水寺お前立像   ⓰滋賀(長浜)正妙寺像


【観音シリーズ】  つづく



2020年6月11日木曜日

如意輪観音の「如意輪」とは何のこと?

【観音シリーズ 第四弾】

如意輪観音で一番有名な像は、大阪・河内長野の観心寺像(❶)
ではないだろうか。観音像と言う慈悲深い仏である一方、妖艶
な雰囲気を漂わせている。正に密教の「煩悩即菩提」の表現が
ぴったりの観音様のように思える。
❶観心寺(大阪)如意輪観音坐像

1.「如意輪」とは何のこと?
  如意輪観音像は六臂輪王座(りんのうざ)での造像が多い。
  輪王座とは右膝を立て、足裏を合わせる座り方を言う(❷)。

  6つの手の内、右第2手に如意宝珠を載せ、左第3手で法輪
  (輪宝)を支える。この如意宝珠の「如意」と法輪の「輪」
  を合わせ「如意輪」となった。

  如意宝珠とはあらゆる願いを叶えると言う不思議な珠であり、
  法輪とは仏の教えであり、仏法が人間の迷いや悪を打ち破る
  ことを意味する。
❷如意輪観音の特徴 

2.如意輪観音の像容
  六臂・思惟手(しゆいしゅ)・輪王座の如意輪観音像以外に、
  二臂像の観音像がある。如意輪観音の像容は❸の通り。
  二臂像は2パターンあり、思惟手像と施無畏印・与願印像と
  ある。

  二臂・思惟手像は、弥勒菩薩の造形と共通し、如意輪観音と
  特定が難しいと思われる。施無畏印・与願印像についても、
  如意輪観音固有の印相ではないため、特定が難しいのでは
  ないだろうか。❸に掲載の像は、次項で画像をご紹介する。
❸如意輪観音の像容

3.代表的な如意輪観音像のご紹介
 A.六臂・思惟手・輪王座の像(❹❺)
   醍醐寺像(❹左側)は2018年10月にサントリー美術館で
   開催の「醍醐寺〝真言密教の宇宙″ 展」で観覧した。
   優美な姿に、うっとりしたことを思い出す。

   如意宝珠と法輪以外について触れておく。右第1手が、
   頬に当てる思惟手、右第3手が外側に腕を垂らし、数珠
   を持つ。

   左第1手は掌を広げて地に触れ、左第2手は未開敷蓮華
   (みかいふれんげ=開く前の蕾の蓮)を持つ。このよう
   に、ルールが決まっているから、特定できる。
❹六臂の如意輪観音像(Ⅰ) ❺六臂の如意輪観音像(Ⅱ)

 B.二臂・思惟手の像(❻)
   二臂・思惟手の像は、「半跏思惟像(はんかしゆいぞう)」
   と呼ばれる。中宮寺像(❻左側)が如意輪観音であるのに
   対し、京都・広隆寺像は弥勒菩薩(❼)となっている。

   調べて行くと面白いことが分かる。飛鳥時代の半跏思惟像
   は、弥勒菩薩として造像されたようだ。ところが、平安末
   から鎌倉時代に、この像が如意輪観音とされた。

   理由は、聖徳太子が如意輪観音の化身とされ、太子信仰と
   結びついて如意輪観音となって行ったとの説がある。そも
   そも中宮寺像が造立された頃には、如意輪観音は請来して
   いない。
❻二臂・思惟手の像    ❼国宝半跏思惟像3躯

 C.二臂・施無畏印・与願印の像
   願徳寺像(❾左)は、いつの時代からか如意輪観音と呼ばれ
   るようになったか分からない。いろんな変遷を経て来た像だ
   けに、様々なドラマがあるかもしれない。

   十二世紀に成立した図像集に、施無畏印・与願印を結び、
   片足を踏み下げた形式の如意輪観音像を石山様(いしやま
   よう)と称していると書かれているそうだ。

   石山寺で成立した像容(❽右)が、東大寺岡寺へと伝わっ
   たのではないかと言われている(❾)。この形式像容の基と
   なる経典ははないとのことだ。

   また、石山寺は醍醐寺の影響を受け、醍醐寺は空海の法脈
   を引き継いでいる。
❽二臂、施無畏・与願印の像(Ⅰ)❾二臂、施無畏・与願印の像(Ⅱ)

如意輪観音は、空海の密教と共にもたらされ、聖徳太子信仰
結びつけられ、二臂の像も如意輪観音とみなされて行ったこと
が分かる。

日韓国交正常化50周年記念「ほほえみの御仏(みほとけ)」
の図録で「半跏思惟像をめぐる旅」と言う論文を読んだ。
その中に次のような記述があった。

『この姿の像(半跏思惟像)はいずれも如意輪観音とされ、
 聖徳太子を如意輪観音の化身とすることがその背景にある
 と考えられている。

 そして太子を如意輪観音と結びつける考えは、後白河法皇
 および京都・醍醐寺の周辺において成立した可能性のある
 ことが、近年の研究で指摘されている。(中略)

 また、二臂像には石山寺像(施無畏・与願印の像)のよう
 に右脚を曲げ左脚を踏み下げるものがある。このような
 像容の類似も、本来は弥勒菩薩であった半跏思惟像が、後
 に、如意輪観音とされたことの一因でもあるのだろう。』 



【観音シリーズ】 つづく 


2020年6月5日金曜日

不空羂索観音とはどんな観音様?

【観音シリーズ 第三弾】

「不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)」と聞いて、最初に
思い浮かべるのは、東大寺法華堂の御本尊・観音像(❶)。
不空羂索観音は密教系の変化観音であり、奈良時代に密教が請来
していたことを示す。

空海が請来した密教を純密(じゅんみつ)と呼ぶのに対して、
奈良時代の仏教を雑密(ぞうみつ)と呼んでいる。体系化され
る前の密教のことを言う。

法華堂・不空羂索観音造立の経緯は諸説あるようだ。いずれに
しても、造立の基となる経典は、遣唐使の玄昉(げんぼう)に
よってもたらされたことは確実のようだ。

この法華堂の不空羂索観音像は、日本最古の不空羂索観音像で
あり、国宝に指定されている。堂内での存在感に圧倒される。
宝冠を飾る宝玉は質、量とも見事だ。
❶東大寺法華堂 不空羂索観音像

1.不空羂索観音とはどんな観音様?
  「不空」とは「空(むな)しからず」の意。空振りがない、
  空回りしない、空手形がないと受け止めた。「この菩薩を
  信じるなら願いが叶えられないことはない」と解説される。
 
  「羂索」は手に持つ縄(投げ縄や捕縛縄)を意味して、衆生
  を救うための道具。即ち、「羂索で衆生を洩れなく救う事を
  成し遂げる観音様」が、不空羂索観音となる。

  天変地異に怯え、観音に救いを求め、一途に念じたに違い
  ない。コロナの恐怖を目の前にして、祈る気持ちは千数百
  年前の人達と現代の我々とあまり変わらない。

2.不空羂索観音像の特徴
  多臂像、胸前で合掌印を結ぶ姿は千手観音と良く似ている。
  腕の数は、千手観音に比べ、明らかに少ない。変化観音の
  成立順は、古い順に十一面観音、次に不空羂索観音、三番目
  に千手観音と続く。

  不空羂索観音、千手観音は十一面観音の造形を踏襲して、
  更に変化して行ったように思われる。不空羂索観音(❷)
  や千手観音の頭部が「十一面」となっていることが多い。

  他の特徴としては、眉間に「第三の目」、左肩に「鹿皮の
  衣」、胸前で「合掌印」組み、観音の名前となった「羂索
  を左手に下げる(❷)。

  特徴の中で、注目したのは「鹿皮の衣」。鹿は神の使いと
  として、大事にされ、奈良公園近辺ではたくさん見かける。
  
  鹿は、春日大社造営と関わる。藤原氏の氏神である鹿島神
  武甕槌命(たけみかづちのみこと)が鹿島(茨城県)から
  神鹿に乗って来たと伝わる。そのことから、鹿は神の使い
  として古来、手厚く保護されたと言う。

  不空羂索観音は武甕槌命の本地仏とされており、鹿皮の衣
  を纏うことになったのだろう。
❷不空羂索観音像の特徴

3.代表的な不空羂索観音像
  ご本尊が不空羂索観音像の寺院(堂塔)は東大寺法華堂、
  興福寺南円堂(❸)、不空院(❹)がある。
  「(奈良)三不空羂索観音」と称されている。
 
 〇興福寺南円堂 不空羂索観音坐像(❸)
  南円堂は、藤原冬嗣が建立した。藤原北家が繁栄するには
  どうしたら良いかを空海に相談したところ、堂塔の建立を
  勧められ、父・内麻呂追善のため南円堂を建てたと聞く。

  南円堂の不空羂索観音こそ、藤原氏の氏神である春日大社・
  武甕槌命の本地仏として造立された。興福寺と春日大社は
  氏寺、氏神の関係。

  現在の不空羂索観音は、運慶の父、康慶の作であり、国宝
  に指定されている。南円堂には歴史上の人物が大勢関わり、
  興味の尽きないお堂だ。

 〇不空院 不空羂索観音坐像(❹)
  不空院は最寄りのバス停から新薬師寺に向う途中にある。
  不空院には鑑真和上が住んでいたとか、興福寺南円堂を
  建立する際に、空海が試みとして、不空院に八角円堂を
  建立し、本尊・不空羂索観音を作ったと伝わる。

  現在の不空羂索観音像は鎌倉時代の作で、像高は約1m
  と、先の2像にに比し、小さい。お顔立ちの凛々しさで
  は、一番のように見える。
❸興福寺南円堂像     ❹奈良・不空院像

 〇京都・広隆寺 不空羂索観音立像(❺、❻)
  国宝の不空羂索観音像が3躯あり、残りの1躯が京都・
  広隆寺像。像高が3メートルを超える大きな像だ。

  弥勒菩薩で有名な広隆寺の新霊宝殿は、見どころ満載の
  宝物館だ。不空羂索観音像の横に千手観音像2躯が並び
  見応えがある。
❺京都・広隆寺像     ❻広隆寺新霊宝殿諸尊像

 〇福岡・観世音寺 不空羂索観音立像(❼)
  観世音寺の不空羂索観音像は、像高517㎝と、その巨大さ
  に圧倒される。国重文に指定されている。

  宝蔵には5mの像が3躯並んで安置されている。先にご紹介
  の馬頭観音像を中央に、左側に千手観音右側に不空羂索観音
  と並ぶ。この宝蔵には、重文クラスの仏像が16躯も所蔵
  されており、拝観をお勧めする。
❼福岡・観世音寺像



【観音シリーズ】  つづく