2020年9月30日水曜日

中尊と脇侍・眷属<大日如来>


今回のテーマは大日如来。サンスクリット語では「マハーヴァイロ―チャナ
摩訶毘盧遮那」。「毘盧遮那」に「摩訶」が付く。「摩訶」とは「大きい」
「偉大な」の意味であり、偉大な廬舎那仏と言う事になる。

1.大日如来像の像容(金剛界大日如来と胎蔵界大日如来)
  大日如来で最初に思い浮かべるのは、奈良・円成寺の大日如来像(❶)。
  鎌倉時代の大仏師、運慶のデビュー作であり、20歳代中頃の作品である。
  背筋をピンと伸ばし、後ろへ反る程の姿勢は、溌溂として若々しい。

  真如苑像、光得寺像(❷)も運慶作とされている。全体のバランスといい
  円成寺像と良く似ている。胸前で智拳印を結ぶ金剛界大日如来像は、共通
  して、パワー(法力)を感じさせる。智拳印とは、右手が仏、左手が衆生
  で、仏と衆生が一体となる意味があるそうだ。
❶円成寺 大日如来像
 
 ❷真如苑、光得寺像 
  
  大阪・河内長野市 金剛寺の大日如来像も智拳印の金剛界大日如来像。
  脇侍に不動明王と降三世明王の三尊像は珍しい(❸)。

  和歌山・高野山檀上伽藍の根本大塔には胎蔵界大日如来を中尊に周囲
  には、金剛界四仏などを配し、立体曼荼羅となっている(❹)。胎蔵
  界の大日如来は法界定印の印相を結んでいる。

  曼荼羅については、次の「2.京都・東寺講堂の立体曼荼羅」や「3.
  両界曼荼羅」で詳述する。

  
❸金剛寺 大日如来像 他   ❹高野山根本大塔 大日如来像

2.京都・東寺講堂の立体曼荼羅
  空海が構想した東寺講堂の立体曼荼羅には金剛界大日如来像を中心
  に21体の像が配置されている(❺)。この配置を決めるに至った
  経緯を❻にまとめてみた。

  空海が構想した曼荼羅は「金剛頂経」の「五智如来」を中央に配し
  「仁王経念誦儀軌(にんのうきょうねんじゅぎき)」の菩薩・明王
  がぎ両脇を固め、天が周りを囲んでいる。いわば、密教尊像を中心
  にしながら、顕教尊像も取り入れている。空海らしい対応と言える。
  
❺東寺立体曼荼羅      ❻曼荼羅の儀軌

  「五智如来」(❼)とは、中央に大日如来、東南西北に阿閦如来
  宝生如来阿弥陀如来不空成就如来が並んでいる。大日如来の
  智慧を4仏が分有している。

  五智如来の東側(向かって右側)には五菩薩が安置される。中央
  に金剛波羅蜜多菩薩が鎮座し、4菩薩が周りを囲む(❽)。

  更に、西側には、五大明王が陣取る。不動明王を中央にして、東
  に降三世(ごうざんぜ)明王、南に軍荼利(ぐんだり)明王、西
  に大威徳(だいいとく)明王、北に金剛夜叉(こんごうやしゃ)
  明王が並ぶ(❾)。

  なお、東南西北は五大明王の位置が本来の方位であり、五智如来
  五菩薩は、一つずれた位置となっているようだ。南方の宝生如来、
  南方の金剛宝菩薩が鎮座する場所が東になる。これは、どこかの
  時点で、配置ミスがあったとしか考えられない。
❼五智如来

❽五菩薩          ❾五大明王

  五智如来、五菩薩、五大明王は三輪身(さんりんしん)という考え
  方で繋がっている(❿)。五智如来は仏法の真理そのものであり、
  自性輪身(じしょうりんしん)と呼ばれる。

  慈悲の姿で真理を伝える五菩薩は正法輪身(しょうぼうりんしん)。
  忿怒の姿で真理を伝える五大明王は教令輪身(きょうりょうりん
  しん)と呼ぶ。大日如来を根本にし、智慧を分有して五智如来と
  なり、更に衆生の性質に合わせて姿を変え教化しようとしている
  ことを意味している。

  東寺の立体曼荼羅は、言葉だけでは伝えきれないものを、五感に
  訴えて真理を体感させる宗教的空間そのものだ。
❿三輪身

3.両界曼荼羅
  三尊像に代表される中尊智慧の脇侍慈悲の脇侍の構成は、曼荼羅
  の世界では、どのようになっているのだろうか。両界曼荼羅は世界の
  成り立ちを表現する「胎蔵界曼荼羅」と悟りに至る道筋を表現する
  「金剛界曼荼羅」で構成されている(⓫)。

  「胎蔵界曼荼羅」は12の院に、「金剛界曼荼羅」は9の会(え)に
  分かれており、その中に数多の仏さまが坐している。
  
  A.胎蔵界曼荼羅の三部
    胎蔵界曼荼羅は、真ん中に「中台八葉院」があり、その中心に
    胎蔵界大日如来が鎮座されている。中台八葉院とその上下の院
    が「仏部(ぶつぶ)」と呼ばれる。三尊像に例えるなら、中尊
    に当たる(⓬)。

    向かって左側、赤色の院、即ち「蓮華部院」、「地蔵院」など
    は「蓮華部」と呼ばれ、慈悲を象徴する仏の院となっている。
    蓮華部院には観音菩薩、地蔵院には地蔵菩薩が住す(⓭)。

    一方、向って右側、青色の院、「金剛部院」「除蓋障院(じょがい
    しょういん)」などは「金剛部」と呼ばれ、智慧を象徴する仏の院
    となっている。「仏部」「蓮華部」「金剛部」を胎蔵界曼荼羅の
    三部となる(⓭)。
⓫両界曼荼羅

⓬胎蔵界曼荼羅      ⓭胎蔵界曼荼羅の三部

  B.金剛界曼荼羅 成身会の五部
    金剛界曼荼羅 中央の四角を成身会(じょうじんえ、じょうじんね)
    (⓮)と言う。その成身会の中心に坐すのが金剛界大日如来である。
    成身会を拡大すると⓯となる。金剛界曼荼羅の成立は、胎蔵界曼荼羅
    よりも後であり、三部が五部に変化した。

    「蓮華部」と「金剛部」だけでは、対応できなくなり、新に「宝部
    (ほうぶ)」と「羯磨部(かつまぶ)」が増えたそうだ。「宝部
    とは人間生活に不可欠の財宝を象徴する。いわばご利益の部となる。
   
    また、「羯磨部」は、世の中のすべての働きを表しており、「業」
    とか「行」の部門と言える。金剛界曼荼羅は、人間を多面的に捉え、
    現実に即しているように思われる。
⓮金剛界曼荼羅       ⓯成身会の五部

  C.金剛界曼荼羅成身会の如来と菩薩
    金剛界曼荼羅 成身会五部は、どんな如来や菩薩で構成されている
    かをまとめた(⓰、⓱)。また、空海が構想した東寺立体曼荼羅の
    五智如来や五菩薩は、金剛界曼荼羅ではどこに鎮座するか確認して
    みた(⓰)。
⓰成身会の五智如来・五菩薩 ⓱成身会の如来・菩薩・天

大日如来は仏法の真理そのものであり、この世のすべては、大日如来が
変化(へんげ)したものであると言う。大変深遠な思想であるだけに、
ややもすると、難解であり馴染みにくい。平たく言えば人気がない。

お薬師さん、観音さま、お不動さんに比して、大衆受けしない理由が
この辺にあるのかもしれない。しかし、大衆に迎合しない大日如来の
孤高の姿は大変魅力的だ。

【中尊と脇侍・眷属シリーズ 続く】



2020年9月15日火曜日

中尊と脇侍・眷属<廬舎那仏>


今回のテーマは東大寺大仏でお馴染みの「廬舎那仏(るしゃなぶつ)」。

サンスクリット語の「ヴァイローチャナ」が音訳され、「びるしゃな」。
漢字で「毘盧舎那」または「毘盧遮那」と表記され、「毘盧舎那如来」、
「毘盧舎那仏」となる。更に、略して「廬舎那仏」。

「ヴァイローチャナ」の意味は「光明遍照(こうみょうへんじょう)」。
廬舎那仏は釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来と性格が異なり、いわば
宇宙の真理」「仏法そのもの」「法身(ほっしん)の釈迦」を意味
する。

廬舎那仏を中尊に、決まった形の三尊像があるようには思われない。
そこで、今回は、東大寺大仏殿と唐招提寺金堂の尊像配置に注目して
整理してみた。

1.東大寺大仏殿 唐招提寺金堂の廬舎那仏像と脇侍像
 中尊と脇侍(脇仏)と言う関係で尊像配置を眺めると、東大寺では
 如意輪観音虚空蔵菩薩であり、唐招提寺では薬師如来千手観音
 が脇侍となっている(❶、❷)。

 このような配置をどう理解するか。東大寺の場合、如意輪観音は、
 「慈悲」の象徴、「虚空蔵菩薩」は「智慧」の象徴と、釈迦三尊像
 などと同じようにも考えられる。

 一方、唐招提寺の場合は、薬師如来と千手観音であり、どのように
 理解したら良いのだろうか?
❶中尊の廬舎那仏像     ❷中尊の脇侍像(脇仏)

2.廬舎那仏と諸尊像の配置図
 現在の東大寺大仏殿には、あと2体の像、即ち広目天像と多聞天像
 が安置されている(❸)。大仏殿の諸尊像配置を知る、歴史的な
 史料がある。

 平家の南都焼き討ちで、焼失した東大寺大仏殿の仏像は、康慶、運慶
 を始めとする慶派仏師によって造立された。東大寺大仏殿図(❹)に
 よって、大仏殿の諸尊像配置と仏像毎の制作者名が分かる。更に図解
 したものが❺となる。残念ながら、慶派制作の仏像は残っていない。

 大仏殿図と現在の大仏殿を比較すると、四天王の持国天、増長天が、
 欠けている。
❸東大寺大仏殿 諸尊像

❹東大寺大仏殿図(部分)   ❺東大寺大仏殿図 解説

 唐招提寺金堂では廬舎那仏を中心に9体の仏像が安置(❻、❼)され
 ている。9体すべてが国宝に指定されている。

 歴史学者の東野治之氏は「廬舎那仏、薬師如来、千手観音の三尊形式
 は珍しく、仏教の教義でも説明できない」。更に、「東大寺に日本初
 の戒壇院が作られ、その他に、下野薬師寺と大宰府の観世音寺に設置
 された。このことを象徴しているのではないか」とされている。

 また、歴史小説家の永井路子氏は著書『氷輪』の中で「廬舎那仏を
 本尊に、薬師を東方に、観音を西方にというのは鑑真自身の宗教的
 世界観に基づく構想だった。観音は阿弥陀の代り」と書かれている。

 永井氏は更に「東大寺の大仏は『華厳経』の教義に基づくものだが、
 唐招提寺のそれは、戒律の根本経典の一つである『梵網経』の世界
 を顕現している」とされている。

 華厳経と梵網経の違いは良く分からない。共通するのが廬舎那仏と
 蓮華蔵世界のようだ。そこで、蓮華蔵世界についてまとめたい。
❻唐招提寺金堂内陣      ❼同左 諸尊像配置

3.廬舎那仏と蓮華蔵世界
 廬舎那仏の光背に付着している化仏(❽)は何か?
 「廬舎那仏の肉髻から生まれた釈迦如来。」
 
 東大寺大仏殿、唐招提寺金堂の中は、釈迦如来で満ち溢れており、
 その一部が光背に掛っているとも言える。
 
 蓮華蔵世界とは蓮の花の中に須弥山がそびえ、一つの小世界を形成
 している。一つの小世界に一人のお釈迦様が現れる。1000の
 小世界を小千世界と呼ぶ。1000の小千世界が中千世界となり、
 1000の中千世界が大千世界となる。

 大千世界とは小千世界が10億(=1000×1000×1000)となる。
 「三千大千世界」の「三千」とは「千の三乗からなる」の意味で、
 大千世界が3000あると言う意味ではない。

 この三千大千世界の中心に存在する仏様が廬舎那仏となる。「宇宙
 の真理」「仏をを統括する仏」「仏を生み出す仏」と言える。大乗
 仏教で、無数の仏・菩薩が生れ、整理がつかなくなり、統括者とし
 て廬舎那仏が生れたとも聞く。

 蓮華から世界が生れ、世界は巨大な蓮華の中に存在するように、
 廬舎那仏から世界は生まれ、かつ世界は廬舎那仏に包まれると
 言う構造になっている。これを「梵我一如(ぼんがいちにょ)」
 と言うようだ。

 また、「一即一切・一切一即(いちそくいっさい・いっさいいち
 そく)」とも言う。あらゆるものは平等に密接に関係し合っており、
 全体の中に個があり、個の中に全体があると言う意味とのこと。
 宇宙の中に個人が存在し、個人の中に宇宙がある関係と言える。
❽廬舎那仏の光背     ❾蓮華蔵三千大千世界

 東大寺大仏台座の線刻(❿、⓫)には蓮華蔵世界が表現されている。
 ⓫図では全体を眺められる。最上層に釈迦仏が22体の菩薩と共に描か
 れている。最下層に7つの蓮華座、中間層に25層の天がある。

 最上層は小世界であり、中間層、最下層は小千世界の一部を
 イメージしたものと思われる。
❿東大寺大仏台座の線刻     ⓫同左の線刻全体図

先日、NHKBSで再放送の「大仏開眼」前編・後編を2週連続
で視聴した。大仏造立をめぐる人々の夢や野望を描いた歴史物語。
飢饉や天然痘が流行し、死者が続出した時代と、コロナの現在と
重なり、見応えがあった。

また、身勝手な権力で国を支配しようとする藤原仲麻呂に対し、
律令の法による政治を行おうとする吉備真備との抗争の様子は
縁故優先と立憲主義かを問う今を見ているようだ。吉備真備の
勝利となり、留飲を下げた。

【中尊と脇侍・眷属シリーズ 続く】