2018年5月15日火曜日

開基1080年 成田山新勝寺を参詣!


1.京成線で成田山へ、参道を歩き総門に到着
 5月12日(土)荻窪のメンバー15名が成田山新勝寺を参詣した。
 日暮里駅9時集合としていた。JR山手線が遅延し、集合時間に
 間に合わない人が続出。一つ遅い特急に乗って出発した。(①)
 
 京成成田駅から成田山への参道を進んだ。参道脇のお店から、
 声を掛けられる。 10分程歩くと、先の方に塔が見えて来る。
 (②、③) 威風堂々とした総門に到着した。(④)

 いよいよ巡拝開始。境内案内図(A)や伽藍(B)を参考に掲載した。
①京成線で成田へ向かう    ②成田山へ参道を歩く

③参道から三重塔が見える   ④成田山新勝寺の総門
 
A.成田山境内案内図       B.境内伽藍(江戸時代建立)

2.総門、仁王門を抜け、本堂を参拝 
 総門の脇に「智慧の門 くぐりて歩む 慈悲の道」と記された看板(⑤)
 が目に付いた。仏教の二大テーマを見事に表現されていると感じた。

 最初に仁王門(⑥)をじっくり眺めた。境内には5つの重要文化財
 建物がある。仁王門はその中の一つ。阿形を那羅延金剛、吽形を
 密遮金剛と言う。裏側には、多聞天と広目天が祀られていた。
⑤総門近くに掲示の教え     ⑥総門を抜け仁王門へ

 本堂でのお参りを済ますと、法要を済ませ退出されるお坊さん(⑦)を
 見かけた。本堂の裏手に回ると、石垣の中に、不動明王(⑧)と眷属の
 童子達が鎮座していた。(⑨)

 また、本堂裏側の壁面には中央に、胎蔵界大日如来坐像、左脇侍に
 虚空蔵菩薩立像、右脇侍に聖徳太子立像が祀られている。(⑩) 
⑦本堂から退出される僧侶   ⑧本堂裏手の不動明王像

⑨不動明王の童子像解説  ⑩本堂裏側に祀られる諸尊像

3.開山堂、額堂
 本堂参拝の後は、平和大塔を目指し、境内を歩いた。医王殿落慶を
 祝う門(⑪)を潜り、階段を昇ると右手に、開山堂、左手に額堂がある。

 開山堂前では大勢のお坊さんが集まり、法要が執り行われていた。(⑫)
 「開山寛朝大僧正報恩大報会」と言う。開山の寛朝(かんぢょう)は、
 宇多天皇のお孫さんであり、「平将門の乱」の際、自ら関東に下向し
 祈祷したそうだ。その時の不動明王を本尊に創建されたのが成田山
 新勝寺となる。何と由緒あるお寺だろうか。 
⑪医王殿落慶を祝う門    ⑫開山寛朝大僧正報恩大報会

 開山堂の反対側に、重要文化財の「額堂(がくどう)」(⑭)がある。
 額堂とは、奉納物や絵馬を掲げる建築物との説明がある。(⑬)
 
 奉納品が多く、いかに不動信仰が厚かったかを物語る。信徒の中で、
 特に有名な方が歌舞伎役者の市川團十郎。初代と七代目の功績は
 一際大きいようだ。(⑮、⑯) 
⑬額堂の解説         ⑭額堂

⑮七代目団十郎石像の解   ⑯七代目団十郎の石像

4.光明堂、奥の院
 額堂の先に光明堂(⑰)がある。このお堂は重要文化財であり、
 建立された年代が一番古く、かつての本堂であった。
 堂内で、「天国宝剣頂戴(あまくにのほうけんちょうだい)」と言う
 除災招福の祈願をして頂いた。

 「天国宝剣」は寛朝大僧正が朱雀天皇より賜った成田山第一の
 霊宝であり、その宝剣を肩に当てて祈って頂く。大変有難い。

 中央に大日如来、向かって左側に不動明王、右側に愛染明王が
 鎮座されていた。
                (ネットから)
⑰光明堂          ⑱天国宝剣頂戴

 光明堂の奥に、奥の院がある。奥の院の開扉は7月に3日間だけ
 である。(⑲) 開基1080年を記念して特別ご開帳となっていた。
 折角の機会であり、洞窟の中に入ることとした。(⑳)
 奥行11メートルの洞窟の奥には大日如来が安置されていた。
⑲奥の院洞窟の解説     ⑳奥の院洞窟入口

5.医王殿、平和大塔
 奥の院の先に真新しいお堂が見える。開基1080年祭記念行事
 として、昨年建立された医王殿だ。(21,22) 医王とは医者の王様、
 つまり薬師瑠璃光如来のこと。薬師堂とか瑠璃殿と呼ばれること
 もある。
21医王殿の解説板         22記念行事として建立の医王殿
 
 医王殿の先、境内の一番奥に平和大塔が建つ。入り口には御朱印
 を求める人で、長蛇の列。その脇を通り、中に入る。お目当ては、
 彩色が鮮やかな五大明王を拝観すること。巨像の五体は迫力満点。
 
 不動明王像に対面して右手に胎蔵界曼荼羅、左手に金剛界曼荼羅
 が掛かっている。弘法大師・空海へと法脈が繋がる真言八祖像も
 掲示されている。堂内はまさに真言密教の世界となっている。
23平和大塔        24不動明王像

6.三重塔、一切経堂
 平和大塔から下りて来て、本堂正面脇に建つ三重塔前に集合した。
 解説板(25)によると、塔の初層内陣には金剛界の五智如来が安置
 されている。色鮮やかな美しい塔だ。(26) 
 全員揃って記念撮影となった。(27)

25三重塔解説          26三重塔

27記念撮影
 
 三重塔のそばには、一切経堂が建つ。中央の転輪経蔵に収まる
 一切経(仏教経典の総集)は約2,000冊とのこと。(28)
 この八角転輪蔵を回すことで、経典を読誦したことになるとは、
 大変便利で有難い。皆さん堂内を覗き込んで、歓談する。(29)
28一切経堂の解説         29一切経蔵の扁額

7.釈迦堂
 巡拝の最後は、釈迦堂。安政五年(1858)に建立された前本堂
 とある。(30) 今の本堂ができるまでは、この釈迦堂(31)が本堂
 だった。
 
 釈迦堂の前の本堂が元禄14年(1701)建立の光明堂とのこと。
 したがって、それぞれ、元禄本堂、安政本堂と呼ぶようだ。いずれ
 も国の重要文化財指定を受けている。
 
 釈迦堂の前には、沙羅双樹の木(32)が立ち、今にも咲きそうな蕾
 をつけていた。釈迦堂での参拝(33)を最後に、成田山新勝寺での
 巡拝を終えた。
30釈迦堂の解説        31釈迦堂

32釈迦堂前の沙羅双樹     33釈迦堂のご本尊と脇侍像

8.奉納総踊り、鰻重で舌鼓
 境内を後にし、参道に出ると、賑やかな音楽と共に、大勢の
 踊り手が行進して来た。(34)記念行事「平和大塔まつり奉納
 総踊り」との遭遇だった。何となく元気になるから不思議だ。
 
 本日のお楽しみの一つは昼食の鰻重。(35) 時間が1時を
 過ぎていたこともあり、15名全員が直ぐに着席できた。
 リーゾナブルな値段と美味しさに、皆さん大満足!
34平和大塔まつり奉納総踊り   35成田山名物 鰻重で昼食歓談
 
 今回も楽しい一日となりました。ご参加の皆さんに感謝。 (合掌)


2018年5月11日金曜日

平成30年度杉の樹大学入学式で基調講演!

 
5月8日(火) 杉の樹大学 平成30年度の入学式において
基調講演をさせて頂いた。
 
テーマは「仏像で広がるご縁 ー定年後の活動ー」。
私自身が7年前に杉の樹大学で1年間、学びました。
定年後の生活を考えると、大変意義のある機会であった
ことを実感しています。
会場の様子               講演内容
 
講演のポイント3つはすべて、私の実体験に基づくものです。
即ち、定年後活動のテーマは「仏像、地域活動、空海」です。
 
ご参加の皆さまにとって、ご参考になることを願って止みません。
また、基調講演に私をご指名された、「CBすぎなみプラス」の
皆さまにお礼申し上げます。
 
 
 

2018年5月10日木曜日

秦野市 大日堂や閻魔堂の諸尊像を拝観!

 
4月27日、伊勢原市の「日向薬師」「大山寺」に続いて、最後に
訪れたのは、秦野市蓑毛(はだのしみのげ)の大日堂や閻魔堂。
これらのお堂は宝蓮寺(ほうれんじ)の所管となっている。また、
「秦野みのげ文化の会」という組織がお堂や仏像の保存活動を
されている。
 
「蓑毛山 宝蓮寺」の石柱(①)の左手を進むと宝蓮寺本堂があり、
右手道路の向こう側に大日堂などある。保護活動される団体作成
の立て看板の解説板(②)に、お堂や仏像の説明が書かれている。
 
大日堂は聖武天皇が奈良の大仏を建てるときの勅願所として、
742年に創建され、翌年に本尊大日如来が造立されたそうだ。
その大伽藍を建立したのが行基と言う。何と由緒ある堂宇だろうか。
その歴史に驚く。
①蓑毛山宝蓮寺の石柱    ②秦野みのげ文化の会
                     による仏像の解説板
 
朱塗りの仁王門(③)には、阿吽の仁王像が安置されている。
境内に入ると、宝蓮寺大日堂及び諸堂の案内板(④)がある。
 
「宝蓮寺が丹沢山の登山口及び大山の参道入り口として、要所
に位置し、金目川に沿った山合いの山岳修験信仰の霊場として
ふさわしい場所にある」と書かれている。
 
宝蓮寺は、現在臨済宗建長寺派の末寺となっている。元々は
修験道や密教系寺院であったことが分かる。
③仁王門            ④宝蓮寺 諸堂案内
 
仁王門の先に、大日堂(⑤)がある。宝蓮寺の方がお見えに
なり、扉を開けた。堂内へ誘導され、お目当ての五智如来を
拝観させて頂いた。お堂の外には、仏像の案内板(⑥)がある。
そこに詳しく解説文が書かれてある。
 
中央の金剛界大日如来は県指定重要文化財であり、他の4体は
市指定文化財となっている。制作年代は平安後期と推定とのこと。 
一木造、彫眼、材質はヒノキやケヤキ。(⑦)
 
このような山深いところに、これだけ見事な像が5体揃って残って
いることに驚く。信心深い人たちが護ってきたに違いない。像高
2メートル近くある大日如来は一際輝き、迫力もある。
五智如来の五智とはどのような智慧なのかについて、参加者の
皆さんへ説明した。
 
五智如来とは別に大きな木造聖観音菩薩立像(⑧)を目にする。
元々観音堂に祀られていた像が、今は客仏として大日堂に安置
されている。傷みが大きく、少し痛々しい感じがした。
⑤大日堂            ⑥大日堂の仏像解説
 
⑦五智如来           ⑧観音菩薩
 
不動堂は開扉とならないため、扉の隙間から覗くように拝観。(⑨)
お寺の縁起によると不動堂は7世紀の頃、朝鮮半島からの渡来人
である秦氏が守り本尊の不動明王を祀ったのが始まりとされる。
地名の秦野市と言い、秦氏との繋がりがいかに大きいかを感じる。
⑨不動堂の不動明王
 
大日堂の次に、扉を開けて頂いたのは、木造十王像を安置する
「茶湯殿(ちゃとうでん)」(⑩)。百一日目に「茶湯供養」と言う法要
を行う場所になるそうだ。そこから「茶湯殿」と呼ばれたのだろう。
通常は閻魔堂と言われるお堂のこと。 
⑩茶湯殿(閻魔堂)         ⑪木造十王像解説板
 
閻魔堂は地蔵堂とも呼ばれ、お堂の中央には地蔵菩薩(⑫)
が鎮座している。閻魔王の本地仏が地蔵菩薩であり、一緒に
祀られている。3つの呼称があるとは紛らわしい。
 
地蔵菩薩像は正徳五年(1715)、閻魔王(⑬)始め十王像には
享保六年(1721)の墨書銘と仏師名も残っている。すべてが
残って、制作年も分かる像は史料的価値が極めて高い。
五智如来像、十王像と、勢揃いしていること自体素晴らしい。
⑫地蔵菩薩
 
⑬閻魔王              ⑭奪衣婆
 
閻魔堂(地蔵堂)のそばに「木喰光西上人入寂(もくじきしょうにん
にゅうじゃく)の地」と書かれた案内板が立っている。(⑮)
 
宝蓮寺地蔵堂の庵主であった木喰光西上人が江戸時代中期、
飢饉などで日本全体が危機に瀕したときに農民を救済したり、
大日堂、仏像の修理などの功績を残し、この地で亡くなったと
伝えている。立派なお坊さんだったようだ。
 
木喰仏、円空仏と言うように、木喰は個人名と思い込んでいた。
案内板のように木喰上人とは穀物を食べず草根・木皮・果実等
を食物にして修行する僧のことを言う。 
⑮「木喰光西上人入寂の地」案内板
 
日向薬師、大山寺、宝蓮寺大日堂はいずれも奈良時代に起源を
持つ古刹。いずれも歴史の重みを感じる貴重な文化財を目にし
満足の外部探訪日となった。
 
竹田会長の企画立案にいつも感服。楽しい一日となり、バスツアー
に同行させて頂いたことを感謝し、リポートを終える。(合掌)
 
<完>
 

2018年5月6日日曜日

伊勢原市の古刹巡り②「大山寺(おおやまでら)」


4月27日(金)「日向薬師」参拝の後は、「大山寺」へと向かう。バスに
乗り、参道の登り口(①)に10時40分頃到着。ケーブルカーの乗車駅
まで坂道、階段が続く。途中、大手鞠の見事な花を眺めながらひたすら、
登る。(②、③、④)
①参道の登り口          ②こま参道

③参道脇に大手鞠の花が咲く   ④ケーブルカー駅へ階段を昇る

ケーブルカーの山麓駅に到着した時には11時を過ぎていた。
ケーブルカーに乗り、大山寺駅まで行く。乗車時間は数分間。
下車してから、更に数分歩くと大山寺に到着した。(⑤~⑧)
⑤ケーブルカーに乗り大山寺へ   ⑥下りのケーブルカーが見える

⑦ケーブルカーを下車        ⑧徒歩で大山寺へ向かう

登りの坂道や階段ばかりにも関わらず、全員登り切って、途中
断念される方はお一人も出ず、大山寺に無事到着した。(⑨)

大山寺の縁起を記した案内板(⑩)によると、大山寺を建立した
のは東大寺の別当良弁(ろうべん)僧正と言われている。
本尊不動明王と二童子像は、中興の祖・行願上人(ぎょうがん
しょうにん)の作とされる。鎌倉期の鉄造像で国重要文化財に
指定されている。
⑨大山寺の本堂         ⑩大山寺縁起の案内板

大山寺は不動明王で有名なお寺。理由をまとめると・・・
1.ご本尊の不動明王像が数少ない鉄造の仏像で、重文。(⑫)
2.関東三十六不動札所の第一番霊場となっている。(⑪)
3.高幡不動、成田山新勝寺と共に「関東の三大不動」に数えられる。

⑪第一番札所の石柱       ⑫2体の不動明王像解説

本堂には数多くの仏像が安置されていた。思い出しながら
配置図をまとめてみた(⑬)。 ご本尊像以外にお前立の
不動明王、五大明王の不動明王と3体もの像を確認した。
不動明王のパワーが堂内に満ち溢れているようだ。
                                (ネットから取り込み)
⑬本堂内の仏像配置図       ⑭本尊 鉄造 不動明王坐像

堂内の仏像をじっくり拝観した後、本堂の前で記念撮影をした。
近くで休憩中の若い男性にシャッターをお願いした。
皆さん、目的を達成され、満足そうなお顔をされている。
⑮本堂の前で記念撮影

大山寺参拝の後、再度ケーブルカーに乗り、更に上にある
大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ)をお参りした。
⑯ケーブルカーで阿夫利神社     ⑰更に階段を昇り神社へ

⑱阿夫利神社の鳥居         ⑲大山獅子

⑳大山阿夫利神社の解説      21大山名水 神泉

阿夫利神社駅から大山ケーブル駅まで戻った。駅から1分の
ところにある「かんき楼」で昼食を頂く。そのお店に掛かって
いた額が目に入った。(22) 仁王護国経から店名を付ける
とは、どんなご主人だろうか?

元来た坂道を下る時、道路脇の林の中で咲く藤の花を、
地元の方が教えてくれた。(23)
22昼食の店に掛かる額    23木々に巻き付く藤の花

(続く)