2016年12月12日月曜日

川越大師 喜多院参拝、文化財も見学!


12月10日(土)、荻窪東の会で川越大師 喜多院を参詣。西武新宿線
高田馬場駅で待ち合わせする人、鷺宮駅や上石神井駅から乗り込む人
など13名が本川越駅に集合し、喜多院へ徒歩で向かった。

喜多院のご住職が中村さん(荻窪東メンバー)のご親戚とあって、大変な
歓待を受けた。最初に、ご住職から喜多院の縁起についてご説明があった。
江戸城から移築された客殿の隣に仏間があり、こちらが本来の本堂である
とのことだ。

須弥壇には阿弥陀如来を中尊に左脇侍に不動明王、右脇侍に毘沙門天の
三尊像で祀られている。(比叡山横川での形式。) ご本尊として伝えられて
いる像は三尊像右側、小ぶりの阿弥陀如来であると解説された。

須弥壇の左前には天海僧正の像が、ご本尊を護るように、睨みを効かして
鎮座されている。川越の大火で喜多院が燃えた時、「爺の寺が燃えた」と
言って、家光が直ぐに、江戸城から移築したとのこと。天海と江戸幕府の
親密ぶりを物語っている。

今は、元三大師堂が本堂とされる。これは浅草寺では伝法院が本来の
本堂であるにもかかわらず、観音堂が本堂となっている関係と同じとの
ご説明をされた。

先々代の塩入亮忠(しおいりりょうちゅう)住職は浅草寺から、喜多院に
来られ、廃れたお寺の再建に努め、更に先代へと引継ぎ、伽藍が整備
されていったとのことだ。今でも浅草寺との繋がりも強いように思えた。

ご住職のお話を伺った後、徳川家光公誕生の間や春日野局化粧の間
などの文化財を拝見して廻った。11時半からは本堂(元三大師堂)での
護摩修行にも参加させて頂く。
客殿 書院の廊下から庭を望む     小堀遠州作庭の庭 
 
大師堂への渡り廊下
 
11時半の護摩修行に間に合うように少し、早めに大師堂へ移動していた。
個別の申込みをしない限り、護摩壇を正面にした場所には着席できない。
2名の申込み者だけでなく全員、正面の席に座らさせて頂いた。参加者は
大変、感激する。「南無大師 常住金剛」
 
お大師さまと言えば弘法大師が一般的。然しながら、天台宗寺院での
厄除け大師と言えば、元三大師良源。調布の深大寺や上野の寛永寺など
には元三大師が祀られている。
護摩修行の様子(ネット写真)
 
護摩修行の後、特別室へご案内され、ご住職のお母さま、お嬢様から
お茶と焼き団子でのおもてなしを受けた。
歓談中の参加者
 
次に、五百羅漢像が鎮座するエリアへ向かった。この像は1782年から
1825年の約50年間にわたり建立されたそうだ。十大弟子、十六羅漢を
含め533尊者のほか、中央高座に中尊・釈迦如来、左脇侍に普賢菩薩、
右脇侍に文殊菩薩、更には、左右高座の阿弥陀如来、地蔵菩薩を
合わせると538体の像となる。
 
それぞれの表情を見て、勝手な想像をし、大笑いしながらぐるぐる廻った。
修復の跡が残る像が目に付いた。雨風に晒されると傷みを避けられない。
何か対策はないものだろうか。
五百羅漢像を眺めながら、歓談する参加者
 
五百羅漢像を拝観した後、大師堂を背にして記念撮影をする。寒さに肩を
寄せ合っているようにも見える。皆さん、優しそうなお顔。
(実際も、優しい方々です)
 
記念撮影を済ませた後、境内や近隣の堂宇を見学する。国の重文指定
された建造物もあり、じっくり眺めた。
 元三大師堂を背に記念撮影 
慈眼堂の解説文         慈眼堂(国重文)
東照宮拝殿・幣殿の解説          仙波東照宮
 
仙波東照宮の階段      成田山川越別院 本行院
 
川越成田山が川越大師と並んであり、共に関東三十六不動尊霊場の
札所となっていることも面白い。川越成田山27番、川越大師28番の札所。
 
昼食は近くのお蕎麦屋さん。お店の予約も、喜多院の方にして頂いた。
予定時間に到着し、全員揃って着席する。楽しく歓談しながら舌鼓を打つ。
ちょっと一杯の人も数名。
 
最後は、レトロな街並みを歩き、気に入った店に入り、お土産を買ったり、
試食をしたりする。人出も多く、賑やかな様子は、お祭りそのもの。
川越は一年中お祭りなのかもしれない。 
時の鐘          漬物店で試食中
 
本当に最後は、蓮馨寺(れんけいじ)のおびんずる様を撫でて、中村さん
お勧めの焼き団子を頂き、結びとする。
ちょうど3時に蓮馨寺の梵鐘を鳴らしていた。鐘の数が18回であり、何を
意味しているのか想像していた。
 
運良く、鐘を撞いていた方を見かけ、どなたかが質問を投げかけたところ、
蓮馨寺の縁起に関わるお話を聴かせて頂いた。18と言う数は「関東十八檀林」
から来ていることのようだ。徳川家康が江戸幕府を開くと、浄土宗十八檀林の
制を設けた。檀林とは僧侶の大学であり、幕府の庇護されたとのことだ。
 
わずかな疑問から新しい知識を得て、成程と皆さん感心していた。
蓮馨寺のおびんずる様を撫でる     蓮馨寺の縁起
 
今回は、中村さんのご尽力で楽しく、大満足の一日となった。
喜多院の皆様にはお礼の申し上げようがない。深謝。(合掌)

 
 
 

2016年12月11日日曜日

「空海研究会」弘法大師御誕生所 善通寺を参詣!


12月7日~8日、弘法大師御誕生所の総本山 善通寺参詣のため、
四国を訪れた。参加者は「空海研究会」会員三十数名中、16名。
弘法大師の足跡を辿る旅の一部をご紹介したい。

「空海研究会」について、若干触れておきたい。「空海研究会」とは
空海研究の第一人者として御高名の福田亮成先生が主宰される会
であり、月1回、東上野 真言宗智山派の寺院 摩尼山成就院にて
開かれている。

福田先生は、成就院の長老、大正大学名誉教授、川崎大師
教学研究所所長等、数多くの役職に就かれている。
昨年3月までは、真言宗智山派総本山智積院の専修学院長
として修行僧ご指導の任にも当たられていた。

空海著作「弁顕密二教論(べんけんみつにきょうろん)」から
「秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)」まで、6つの著作について、
福田先生のご講義を拝聴している。会は10年以上も続いて
いるとのことであり、私自身、平成25年2月から会員に
加えて頂き、今日に至っている。

会員の半数はお寺のご住職であり、僧籍のない、門外漢の
私にはやや難解の部分もある。福田先生がテーマに関連して
話される卑近な実例を頼りに何とか消化している。
とりわけ、仏像と関連する話題は特に興味津々。

◎今回の旅程
昨年の高野山参詣に続き、2度目の参加となる。
(会としは3度目のようだ。)
旅程は以下の通り。往路は羽田から高松空港、
復路は松山空港から羽田。

12月7日(水)・・・1.旧金毘羅大芝居[金丸座] 2.金刀比羅宮
            3.満濃池 4.丸亀城 5.(宿泊ホテル)琴参閣
12月8日(木)・・・1.総本山 善通寺 2.石手寺 3.子規記念博物館
         (3については、別行動で道後温泉コースとに分かれる) 
今回ご紹介するのは7日の「3.満濃池」と8日「総本山 善通寺」。
いずれも弘法大師と所縁が深い。

☆☆ 満濃池 ☆☆
池畔に立つ掲示板「満濃池略史」に次のように書かれている。
「空海は池畔の護摩壇上で秘法を修し加護を祈りつつ弓状堤防など
の指図と説法をされた。人びと空海の徳を慕い嬉々として集まり僅か
三か月でみごと難工事を仕上げた。」

弓状堤防としたことで押し寄せる水圧を分散させ、洪水となることを
防止した。1200年も前の話とは到底思えない科学的な見識での対応。
一方、護摩壇上で修法する、科学を超えた対応。満濃池と護摩壇上の
出島を眺めながら、1200年前に思いを馳せる。
「満濃池略史」掲示板     満濃池と護摩壇となった出島
 
護摩壇となった場所を確認      満濃池を背に記念撮影
 
☆☆ 総本山 善通寺 ☆☆
善通寺には誕生院〔西院〕と伽藍〔東院〕とがある。西院は佐伯家の
邸宅跡に御影堂が建てられ、誕生院となっている。東院は長安・青龍寺を
模して伽藍が建てられ、伽藍と呼ばれている。
(善通寺のパンフレットに記載)
 善通寺のパンフレットから
善通寺の境内案内図
 
済世橋を渡り、禅宗風の門をくぐると西院の境内に入る。左手にパゴダ
供養塔が見える。その奥にある「遍照閣」と呼ばれる大きな堂宇がある。 
          西院の西側 済世橋          西院に入る門
 
1.誕生院〔西院〕
遍照閣には大勢の人が集まっていた。先達研修が行われている。
お遍路の四国ならではの光景だ。窪さんと言うお名前の若いお坊さんに
境内をご案内して頂く。四国霊場三十七番札所 岩本寺副住職をされて
いる方で、福田先生の教え子に当たるようだ。
(岩本寺は、高知県高岡郡四万十町にある真言宗智山派の寺院)
最初に、御影堂参拝へ向かう。
遍照閣
 
御影堂での参拝
御影堂              御影堂 外陣
 
御影堂の内陣
 
御影堂での参拝を済ませ、廻廊を通り、仁王門を抜け、東院の金堂
へ向かう。仁王門を背に記念撮影。東院の中門手前には塔頭寺院の
大きな石造弘法大師像が目に入る。
仁王門を背に記念撮影東院手前   観智院の弘法大師像


2.伽藍〔東院〕
金堂には像高3メートルの本尊・薬師如来座像が鎮座されている。
堂々とした体躯のご本尊だ。光背の縁は七仏薬師のように化仏が
付いている。また、光背最上部には龕(がん)と言う小部屋が
設えてあり、そこには宝塔が置かれ、その中に化仏が安置
されている。

「宝塔の中の化仏は、何ですか」と窪さんにお尋ねした。
「釈迦如来」ではないかのご回答。お釈迦さまは塔の中に安置し、
他の化仏(薬師如来か)と区別していることが興味深い。

また、左手に持つ薬壺が大きい。宝珠のような厚みのある形をしている。
どなたかが、薬がたくさん入っていて、ご利益も大きいのではないかと
言われていた。

8日は「お薬師さんの縁日」であり、法要が営まれるようだ。

本尊・薬師如来を祀る金堂(国重文)  金堂の解説文
 
ご本尊の参拝を済ませ、境内を散策した。五重塔と大楠が一際、
目を引く。五重塔は総高43m、明治35年完成、4代目の塔。
すーっと建ち、スッキリした印象を持つ。
裳階が無いことでそのように感じるかもしれない。国の重要文化財
となった建造物は流石に存在感がある。
 
大楠は樹齢千数百年の巨木。その大きさに圧倒される。空海さんの
誕生も知っているのではと想像すると、生命力をますます感じる。
また、空海の両親が祀られている佐伯祖廟が大楠のそばにあった。

五重塔(国重文)

樹齢千数百年の大楠

佐伯祖廟            説明の掲示板

3.西院に戻り、戒壇巡りと宝物館見学
金堂での参拝の後は、戒壇巡りと宝物館見学のため、入り口のある
御影堂に戻る。途中、西院の伽藍も眺めた。中で注目したものが
「親鸞堂」。他宗派の開祖を祀るとは

何と心の広いことかと感心する。何事も受け入れ、悟りへのステップと
される空海教学の真骨頂ではないかと思う。

また、「親鸞上人御尊像由来」の解説板を読むと、空海が、法然や親鸞
からも尊敬されていたことも良く分かる。
親鸞堂             親鸞上人御尊像由来

親鸞堂の隣にある閻魔堂
☆戒壇巡り
御影堂の中にある入り口から入り、戒壇巡りを始めた。真っ暗な中、
左手で壁を触りながら、前へ進む。大勢で一緒に巡るから、安心して
いられる。もし、一人で行うとなると、少し不安となり、何かを感じる
のだろうか? 
 
☆宝物館
宝物館で見学したいものは、仏像彫刻。展示の名品26品のうち、
仏像は15品と多い。地蔵菩薩立像、吉祥天立像は国重文の仏像
であり、見応えもある。五大明王のところで、福田先生が、
「前に立った時、ぐっと迫って来る仏像と、そうではない像とがある」
 と、話された。感じ方は人によっても、その時の気分によっても
違うように思える。
 
一番注目したのは銅造鍍金の阿弥陀如来立像。肉髻が平べったい
形をしており、鎌倉期造立の特徴を備えている。出品リストで確認した
ところ、間違いなく鎌倉時代の作と分かり、納得。
鎌倉時代は木彫像が主流であり、銅造の像は珍しいように思う。
最近、銅造の像に個人的関心が高まっている。 
寺宝名品展 出品リスト
 
4.遍照閣で福田先生、真鍋俊照師と談笑
宝物館見学を終え、バスの駐車場へ向かう。遍照閣では、福田先生が
どなたかと談笑されていた。
曼荼羅研究の大家 真鍋俊照(まなべ しゅんしょう)師であるとご紹介
して頂いた。金沢文庫の古文書が国宝指定を受けたことを記念して、
来年に講演会を開かれるとお聞きした。ぜひ拝聴したい。
 
真鍋俊照師は四国大学教授、仏画家、真言宗大僧正、四国霊場
第四番大日寺住職。(大日寺は徳島県板野郡板野町にある
東寺真言宗の寺院)  過去に金沢文庫の学芸員もされていた。
(ネットで確認させて頂いたプロフィール)
真鍋師をご紹介される福田先生       記念撮影
 
昨年の高野山に続き、善通寺参詣に参加でき、楽しいひと時を
過ごさせて頂いた。これも、空海研究会に加えて頂いたお蔭であり、
福田先生には深く感謝申し上ます。
 
幹事の菊地さん、大変お疲れ様でした。名幹事に脱帽。美声・名調子
にも驚きました。
同室の酒井さん、栗原さん、色々お世話になりました。更に懇親を深めたい。
工藤さんには旧金毘羅大芝居[金丸座]へのご案内頂いた。
グッドチョイスに感謝。
今回 ご参加の 皆様 来年もご一緒できることを願っております。(合掌)
 
 
 
 
 

2016年11月27日日曜日

花南仏像の会 小田原の古刹を巡る(25日午後)


昼食に海鮮丼を頂いた。会食歓談の後、午後の部をスタート。先ずは宝金剛寺。
小田原で文化財指定の仏像を一番多く所蔵する寺院。今回探訪の中で、一番
見どころ満載の寺と言える。少し、詳しく報告したい。

3.宝金剛寺(ほうこんごうじ)<東寺真言宗> http://hohkongohji.jp/

緩やかな上り坂となった参道を歩き、境内に辿り着くと、ご住職のお出迎えを
受けた。気さくなお人柄に、参加者から笑みがこぼれる。早速、収蔵庫に
ご案内される。
宝金剛寺の縁起             参道
 
ご住職の神谷晴久師は40年間サラリーマンをされ、10年前にご住職
となられたこと、宝金剛寺は東寺の塔頭(たっちゅう)寺院・宝菩提院の
末寺になること、檀家が100軒ほどあることなど、ご自身のことやお寺
のことを最初に話された。
なお、宝菩提院は国宝・如意輪観音半跏像所蔵の宝菩提院(願徳寺)とは違う。
 
収蔵庫には、中央に銅造大日如来坐像、向かって左側に不動明王及び
両童子立像、右側に理源大師 聖宝(りげんだいし しょうぼう)坐像が鎮座。
 
絵葉書の写真
木造 不動明王立像    銅造 大日如来坐像
 
(ネットでの写真)
木造不動明王及び両童子立像    銅造 大日如来坐像
に解説文                  に解説文
 
★銅造大日如来坐像  〔国 重要文化財〕
いよいよ仏像についてのご説明あった。大日如来は、文化財的価値の
高い像であり、東博への出展は勿論、アメリカにも出展されたこともある
そうだ。収蔵庫ができるまでは、鎌倉国宝館に寄託されていたとのこと。
 
平安仏と言われたり、あるいは鎌倉時代前半の作とされたりしている。
いずれにしても、銅造の大日如来としては日本最古の像のようだ。また、
両腕は、肩の部分から差し込むようになっており、左腕を先に外し、
次に右腕の順にしないと外れないようになっている。
全体の造形バランス、お顔立ち共に評判通りに素晴らしい。
 
★不動明王及び両童子立像 〔県指定 文化財〕
不動明王の解体修理時に頭部から仏舎利が出て来たそうだ。仏舎利を
どのように祀るかを検討した結果、元の状態に戻すこととなり、現在も
不動明王の頭部に納められている。
 
★理源大師 聖宝坐像 (画像はない)
収蔵庫に弘法大師 空海ではなく、なぜ理源大師 聖宝が祀られているか?
お寺の縁起を説明した掲示板にもあるように、宝金剛寺の前身は
空海十大弟子の一人、杲隣大徳(ごうりんだいとく)が開いたお寺。
そのお寺を1145年に中興した僧が一海(いっかい)であり、一海が
聖宝を師匠と仰いだことから祀られたとのこと。
なお、聖宝は京都・醍醐寺の開山であり、空海の孫弟子に当たる。
 
収蔵庫を後にして、庫裏へ入り、廊下伝いに本堂へと向かった。
今度は本堂で地蔵菩薩にご対面させて頂く。
収蔵庫から出る皆さん         庫裏へ入る
 
廊下を通り本堂へ向かう      庫裏と直角に位置する本堂
 
本堂に移り、再度ご住職からご説明を受けた。本堂中央には
薬師如来坐像が鎮座されている。しかし、このお寺のご本尊は
地蔵菩薩。ご本尊は薬師如来像の右側に設えた厨子の中に
安置されている。
 
この地蔵菩薩は帯解地蔵(おびとけじぞう)と呼ばれ、子宝に恵まれ、
安産のご利益があると言う。奈良・帯解寺(おびとけでら)のご住職とは
帯解地蔵のご縁で交流が始まり、後日、大学同窓で1年先輩という間柄
であることを知ったそうだ。何とも不思議なご縁を感じさせるお話だ。
 
また、東大寺のお水取りにもご参加されたり、真言院での法要等、東大寺
との繋がりの深さを知った。ご住職の話も一段落し、いよいよ厨子がご開帳
となった。厨子のそばまで歩み寄り、ご本尊の地蔵菩薩を間近で拝観させて
頂いた。
 (絵葉書の写真)
 木造 地蔵菩薩立像   銅造 如意輪観音坐像
 
(ネットでの写真)
地蔵菩薩立像に解説文
 
★木造 地蔵菩薩立像 〔県指定 文化財〕
★銅造 如意輪観音坐像 〔県指定 文化財〕
 藤原時代(894年から約300年)後期のものと思われる像。
一木造、像高49.3㎝。
光背の頂上部に設けられた小部屋の中に如意輪観音坐像が
安置されている。当初、この像は木造と思われていたようだ。
地蔵菩薩修復の際、良く良く調べると、銅造であることが判明した。
8.7㎝の小像ながら実に精緻にできている。
 
地蔵菩薩の光背になぜ如意輪観音菩薩が置かれているのか、
理由が分からないとのお話があった。聖宝と言えば、准胝観音や
如意輪観音を信仰していたことが知られている。
思わず、「聖宝さんは如意輪観音を信仰していました」と口を差し挟むと、
ご住職は「初めて、知りました。聖宝さんの影響ですか」と反応された。
 
★薬師如来坐像 〔市指定 文化財〕 (画像はない)
中興の僧・一海(いっかい)の当時は護摩堂を中心に繁栄していた
そうだ。護摩堂は薬師堂のことであり、その薬師堂の本尊がこの
薬師如来と推測される。時代的には1145年頃、平安末期の作となる。
今後の調査次第で、文化財的価値が更に高くなるのではないだろうか。
 
本堂での拝観を終え、庫裏へ移動した。お茶と和菓子でのおもてなしを
受けた。また、ご住職からご縁の不思議さ・大切さのお話を伺いながら、
楽しいひと時を過ごさせて頂いた。また、ご住職の人脈の広さにも驚く。
奉納された阿弥陀如来立像や絵画
 
歓談した後は、庫裏を背に記念撮影。シャッターは、ご住職の奥様に
お願いした。 
記念撮影          記念撮影時に席を外されていた方々
 
万歳のポーズでいつまでもお見送りされるご住職
 
宝物の魅力、ご住職のお人柄が重なり、大変充実した時間となった。
次に向かうのは最後のお寺、東学寺。

 
4.東学寺(とうがくじ)<臨済宗 建長寺派>
東学寺に到着すると、直ぐに本堂に案内された。堂内に座り、ご住職の
お話に耳を傾けた。ご住職は臨済宗の中で布教師の任を担っており、
各寺院に出向き、説法をされていると言う。「東学禅寺」と言う定期刊行物
の寺報が配られ、ページを追ってご説明された。流石、布教師、ユーモア
溢れる語り口に笑い声が絶えない。
 
東学寺は、鎌倉 建長寺の末寺となる臨済宗のお寺。臨済宗のお寺に
なぜ清凉寺式釈迦如来像が安置されているのだろうか?

東学寺の縁起が書かれた掲示板       東学寺の山門
 
本堂
 
釈迦如来立像の写真と解説文    本堂天井の雲龍図
 
★木造 釈迦如来立像 〔県指定 文化財〕
 4代前のご住職が、像を漆で黒く塗ってしまったため、全体が
暗い感じがしている。現ご住職は、この点が気に入らず、
機会を見て、漆を除去したいと考えているようだ。
誤った修復から元に戻すことで、文化財的価値が一挙に
高くなることはある。
 
清凉寺式釈迦如来がなぜ禅宗寺院にあるのか不思議に思い、
ご住職に質問をした。禅宗寺院にあることは珍しいし、どのような
経緯で東学寺の所蔵となったかも、不明との回答だった。
 
清凉寺式釈迦如来像は、真言律宗を開いた西大寺の叡尊が多く
造像したことが知られている。真言律宗布教の証となっているようだ。
金沢文庫 称名寺や 鎌倉 極楽寺の釈迦如来像が有名であり、
いずれも真言律宗のお寺だ。
 
六地蔵          薬師堂とお前立の薬師如来像
 
境内には、六地蔵や薬師如来像も祀れており、こちらも禅宗寺院とは
違った印象を持つ。
 
小田原市には13件の文化財指定仏像(国、県、市指定)がある。
今回の探訪で、内8件の仏像を拝観できた。これも、竹田会長の
寺院選定と拝観交渉にご尽力された
お蔭と深謝。内容充実の小田原古刹巡りでした。(合掌)
 
 
宝金剛寺
  銅造 大日如来坐像(国指定)、木造 不動明王 両童子像(県指定)
  木造 地蔵菩薩立像(県指定)、銅造 如意輪観音菩薩坐像(県指定)
  木造 薬師如来坐像(市指定)
 
本誓寺
  木造 阿弥陀如来立像 2件 2躯(県指定)
 
東学寺
  木造 釈迦如来立像(県指定)