2017年4月11日火曜日

四国八十八ヵ所霊場第一番札所 霊山寺を参詣!


毎年1回、各地から集まり旧交を温めている会がある。その仲間8名で
四国八十八ヵ所霊場第一番札所の霊山寺(りょうぜんじ)を4月10日の
朝、参詣した。

昭和50年代前半、同じ職場に勤務した人たちが、その職場を離れた
後に、当時の課長の名前を冠した「高木会」を発足させた。高木さんは
すでに他界されて、十数年が経つ。
現在も、会の名前はそのままとなっており、高木さんのお人柄・人望
が偲ばれる。

4月9日(日)、JR徳島駅に集合したのは、地元徳島1名と熊本、岡山、
大阪、兵庫、埼玉、神奈川、東京からの各1名。

宿泊する晩の宴席では、互いの近況報告で懇親を深める。合わせて、
ご当地の名所旧蹟を巡る。私の要望に応えて頂き、旅程の一つに名刹・
古刹の参詣が加わる。

★霊山寺(徳島県鳴門市)について
 正式名は竺和山(じくわさん)一乗院(いちじょういん)霊山寺。
 高野山真言宗の寺院でご本尊は釈迦如来。

 寺伝によると、奈良時代に聖武天皇の勅願により行基が開創。平安時代の
 弘仁6年(815年)に空海がここを留まって修行したという。
 空海は「釈迦が天竺(インド)の霊鷲山(りょうじゅせん)で説法する姿」を
 感得し、天竺の霊山である霊鷲山を日本に移すという意味で竺和山と
 名付けたそうだ。

 第一番札所だけに、巡礼の装束をここで整えるための、施設も整備されて
 いる。バスに乗った大勢の参拝客も到着した。急いで、御朱印を頂く。
御朱印とご本尊の絵姿など

★霊山寺の堂塔・建造物と仏像
  
山門(仁王門)

 山門前の石柱には「四国第一番 霊山寺」と「大正三年四国霊場開創
 千百年記念」の銘が刻まれている。大正三年(1914年)が四国霊場
 開創千百年記念の年になるとは、空海が修行した815年を起算の年
 としている。

 札所番号が一番になったのは、大阪から四国へ渡るには淡路島を
 経由し、鳴門から四国入りするのが一般的であり、鳴門の港に最も
 近い霊山寺を第一番札所と定めたと推測されるとのこと。
大正三年四国霊場開創   四国第一番 霊山寺
              千百年記念

 山門(仁王門)には、向かって右側に阿形、左側に吽形の仁王像が
 安置されている。吽形像の前には、巡礼姿のマネキン人形が立ち、
 まるで参拝客を出迎えてくれているようだ。これも第一番札所ならではの
 工夫なのか? 
吽形とマネキン人形          阿形

 山門を通り、正面に本堂、右手に大師堂が見える。また本堂へ通じる
 参道の左手には奥から、不動明王像、十三仏の石仏が祀られている。
 十三仏とは亡くなった人を浄土へ導く仏のこと。初七日から三十三回忌
 まで法要ごとに担当する仏が決められている。 
本堂            大師堂

不動明王坐像      石仏の十三仏

 本堂への参道を挟んで、大師堂の反対側には多宝塔が建っている。
 1階屋根の軒下には「五智如来」の扁額が掲げられていた。五智如来
 は曼荼羅に出て来る如来。大日如来を中心に四方を大日如来の智慧を
 分有する如来を配している。残念ながら、閉扉されており、塔の中は拝観
 できない。 密教の仏様だ。
多宝塔  
    
足早に参拝した後は、山門前で記念撮影。ジャンボタクシーの運転手さんに
シャッターをお願いした。 
山門前で記念撮影     マネキンとツーショット

参加者の中には四国八十八ヵ所霊場の歩き遍路を四度も実行された
SSさんもいる。決断力、行動力に脱帽。いつかは、四国遍路を実現したい。

霊山寺参詣以外の観光として、「大塚国際美術館」「妙見山彫刻公園の桜」
「うずしお観潮船」などを堪能した。また、宿泊した淡路島うずしお温泉うめ丸
の活造り「鯛」は大変美味しかった。

世話役としていつも会をリードしてくれるHSさん、ご当地として今回ホスト役
を果たされたSKさんには特にお礼を申し上げたい。来年も皆さんと元気に
再会できることを願って止まない。(合掌)


  

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