6當麻寺
バスを降り、當麻寺を目指して歩くと、前方に仁王門(❶)が
見える。
❶前方に仁王門
頂いた伽藍配置図を反時計回りに90度回転させ、上を北に
してと、眺める(❷)と堂塔の位置と方角が良く分かる。
南から見ると、東塔、西塔が前面に建ち、中央に金堂、講堂
が一直線に並ぶ。薬師寺式伽藍配置のようになっている。
また、本堂が境内の西方に、東向きに阿弥陀堂のように建つ。
中之坊は前身が「中院御坊」と呼ばれる真言密教を伝える御坊。
東塔の北方に建立されている。
❷境内の伽藍配置図(左図…上が西、右図…上が北)
當麻寺の縁起(❸)に『草創は聖徳太子の弟、麻呂子(まろこ)
親王が河内国に造られた禅林寺を、親王の孫、當麻国見が、
役行者(えんのぎょうじゃ)錬行の当地に移した。その後、
天武天皇が伽藍を造営し、當麻寺と改めた』とある。
宗旨としては、最初は三論宗(奈良仏教、南都六宗の一つ)、
次いで、平安時代に弘法大師の真言宗となり、鎌倉時代には、
浄土宗の霊場となって行った。
現在は真言・浄土の二宗を併立している言う。時代と共に
宗旨が変遷し、堂塔に反映されてきた。宗旨が変わろうと
古いものを大事に残すところに、仏教の寛容さを感じる。
❸當麻寺の縁起
本堂の受付で拝観料を納めると、本堂、金堂、講堂の3つのお堂
を拝観できる。先ずは本堂からスタート。
A本堂
仁王門から見て、正面に位置する本堂(❹)は国宝建造物。内部の
状況は❺のようになっている。
中央の須弥壇には厨子に入ったご本尊の曼荼羅(❻)が安置されて
いる。須弥壇を中心に、時計回りに廻ると、「弘法大師参籠間」、
「役行者」を祀る部屋がある。
須弥壇の裏側を進み、反対側に出ると、須弥壇の中に、中将姫
二十九歳像を目にする。中将姫の向かい側の部屋には織姫観音
と呼ばれる十一面観音菩薩(重文)が立つ。
本堂で、「蓮糸大曼荼羅」の御朱印を頂いた(❼)
❹本堂(国宝) ❺本堂の内部
❻本尊・文亀曼荼羅(重文) ❼當麻寺御朱印
いずれも、鎌倉時代造立の重要文化財指定の建造物(❽、❾)。
金堂には特別有名な仏像が安置されている。
❽金堂(重文) ❾講堂(重文)
【金堂】
中央に本尊の弥勒仏が鎮座し、四方を四天王が囲む(❿)。
各尊像の文化財指定状況、材質、制作年代は⓫の通り。
このような視点でとらえることは、仏さまを文化財として
見ている。不謹慎と言われかねない。
本尊の弥勒仏像は日本最古の塑造、四天王像は最古の乾漆造
と言われている。正に白鳳仏の名作。
(ネットの画像)
❿本尊・弥勒仏(国宝) ⓫金堂の仏像配置
【講堂】
講堂には数多くの仏像が並んでいる(⓬)。どのような基準で
選ばれた仏像なのかは良く分からない。初めて聞く名前の
仏像を目にした。「妙憧菩薩(みょうどうぼさつ)」。
地蔵菩薩の古称であることを、後で知った。
(ネットの画像)
選ばれた仏像なのかは良く分からない。初めて聞く名前の
仏像を目にした。「妙憧菩薩(みょうどうぼさつ)」。
地蔵菩薩の古称であることを、後で知った。
(ネットの画像)
⓬本尊・阿弥陀如来(重文) ⓭講堂の仏像配置
C中之坊
中之坊は弘法大師所縁の御坊(⓮)、「導き観音」(⓯)の信仰
が篤い祈願所、後西(ごさい)天皇をお迎えした書院(⓰)、
名勝・史跡の庭園(⓱)と様々な顔を持っている。
「導き観音」とは、平安時代に、中将姫の守り本尊である
十一面観音を刻み本尊とした。「導き観音」と呼ばれ、道に
迷った時に行くべき道を示して下さるとの信仰となった。
⓮中之坊の縁起など ⓯導き観音
⓰後西天皇 御幸の間 ⓱名勝・史跡 中之坊庭園
當麻寺の拝観も済ませ、奈良へ向かう。途中、矢田寺に寄ること
となり、バスで向かう。お昼時間となり、昼食は、バスの中で
取ることとなった。コンビニで弁当や、おにぎりを各人買った。
寺名は知るも、誰も訪れたことがない。山門から見える階段
(❶)は何段もありそうに見える。登ろうかどうか思案(❷)。
登り始めるも、途中で断念し降りる(❸)。境内の案内図(❹)
を見て、状況を理解した。
❶矢田寺山門 ❷階段はどこまで?
❸途中で引き返す ❹境内案内図
京都駅までどのくらい、時間がかかるか読めないため、早めに
切り上げ、京都駅を目指した。2日間の古刹巡りも幕を閉じだ。
福田先生始め、ご参加の皆さんと共有できた時間は、心和む
楽しいひと時となった。感謝!(合掌)
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