2019年11月11日月曜日

東京国立博物館「文化財よ、永遠に」観覧!


住友財団修復助成30年記念特別企画「文化財よ、永遠に」
が上野の東京国立博物館・本館で開催されている。

10月24日(木)、11月9日(土)、グループ活動の仲間
と一緒に訪れた。平成館の正倉院展は長蛇の列。本館の来館者
は少なく、ゆっくり眺めることができた。

仏像が文化財として、公的に保護されるようになったのは
明治30年の「古社寺保存法」ができたことによる。年数
にして、120年程しか経っていない。

仏像は文化財以前に「仏様」として、大切に思う人達に
よって護られてきた。(一方、廃仏毀釈等による災難の歴史
もある。)

仏像には、「仏様」「文化財」の二面性があると同時に、
融合したパワー・魅力を感じる。

〇展示作品は26件(❶所蔵先地図に記載の地域、所蔵者)
〇26件の員数は仏像48体、能面4面(❷、❸、❹の
 展示リスト)
〇2会場の作品配置図・・・❺、❻
〇作品図像・・・展示会図録に尊名を表記(❼、❽)
所蔵先地図        展示リストNo.1

展示リストNo.2     ❹展示リストNo.3

第一会場 仏像配置図   第二会場 仏像配置図


図録に尊名表記A      図録に尊名名表記B

住友財団が文化財修復事業への助成を始めた背景に、当時
平山郁夫氏(日本画家、元東京藝術大学学長)の影響が
あったと財団理事長の住友吉左衛門氏は次のように書かれ
ている。

「平山先生は、『文化財赤十字構想』を提唱しておられました。
 それは政治や思想、宗教の違いを乗り越え、人類共通の財産
 である文化財を守ることで、平和と人間性を取り戻すことが
 できるのだと考えておられました。」

平山郁夫氏の構想や住友財団の活動は、仏像を愛する我々に
とって、大いに共感できる。今後も支援して行きたい。

今回の展示で印象に残った仏像について列挙してみると、
(展示番号順に)
1.七仏薬師如来立像(岩手・正音寺)
  後世の彩色を除去した姿に清々しさを感じる。以前は
  まるで、厚着の衣をまとっているようだった。

4.虚空蔵菩薩坐像(福島・龍門寺)
  東日本大震災によってバラバラになった写真も展示
  されている。見事な修復ぶりに驚く。
   
5.十一面観音菩薩立像(福島・泉竜寺)
  衣や頭上化仏の大まかな彫り、頬の張った顔立ちが
  鄙びており、地方の仏像を感じさせる。
 
8.不動明王立像(長野・不動寺)
  接合部の劣化が激しく、自立できない状態であった
  とのこと。しっかり立っている姿と合わせて、この
  仏像が、高野山から移ってきたとの解説があった。
  本像の来歴にも思いを馳せた。

10.虚空蔵菩薩坐像(茨城・真壁町山口地区)
  修理の担当が東京藝大の保存修復彫刻研究室であり、
  注目した。我が倶楽部ではこの研究室へ少額ながら
  毎年、寄付をしている。文化財保護を担う人たちが
  育ってほしいと願っている。
  この虚空蔵菩薩は背面を補作・組み立てし、頑強に
  修復されていた。

次の12、13、14はいずれも、今までに拝観したことがあり、
「初めまして」ではなく「お久しぶりです」の仏像。  
12.阿弥陀如来坐像および両脇侍立像(埼玉・保寧寺)
  昨年、金沢文庫での「運慶展」に展示されていた。
  その時の模様は、2018.2.13ブログにアップした。
  作者の宗慶(そうけい)は、運慶と共に、康慶の弟子に
  当たる。かすかにほほ笑むような阿弥陀如来は秀逸。

13.阿弥陀如来坐像および両脇侍立像(神奈川・常楽寺)
  昨年、7月に常楽寺を参詣した。その時には、両脇侍が
  修理のため不在となっていた。(2018.7.16ブログ)
  北条泰時の臨終仏と知ると、また見方に変化が起こる。
  阿弥陀如来のお顔は宋風か、異国情緒の感。

14.不動明王および二童子立像(神奈川・寶金剛寺)
  国府津にある寶金剛寺には2016年11月に訪れた。
  不動明王の解体修理時に頭部から仏舎利が出て来たとの
  お話をご住職からお聴きした。その仏舎利は元の状態に
  戻すこととなり、現在も頭部に納められているそうだ。
  (2016.11.27ブログ

19.十二神将立像(滋賀・金剛輪寺)
  6体が展示された十二神将の中で、今までに目にした
  ことのない造形があった。一番奥に展示の十二神将は、
  金剛力士像のように、上半身裸形となっていた。この
  像は、いつから十二神将になったのか?

23.千手観音菩薩立像(福井・高成寺)
  この像ほど、修理前と修理後の印象が違った像はない。
  厚化粧したように、真っ白に塗られた彩色が除去される
  と見違えるほどの仏様となって現れた。国の重要文化財
  にも指定されている。誤った修理は仏像の品位を下げる。

26.阿弥陀如来立像(ベトナム国立歴史博物館)
  今回の展示作品で一番、印象に残った仏像は、ベトナム
  からの阿弥陀如来像。バランスの良い造形や快慶風の
  お顔立ちなど、どこから見ても非の打ちどころがない。
  
  昭和18年に当時インドシナ半島を統括していたフランス
  極東学院と東京国立博物館の文化財交換で贈ったものとの
  こと。海外との交流は喜ばしいことではある。一方、なぜ
  この仏像が交換の対象となったのかと寂しい思いもする。
  
  この像の修復は、日本の修理技術者がベトナムを訪れて
  行ったようだ。75年を経ての里帰りとなった。文化財
  の保護を通して、更なる国際交流へ繋がることを願う。
26阿弥陀如来立像(図録から)



 

2019年10月31日木曜日

日常語となった「仏教由来のことば」を考える③


今回のことばは「我慢」、「頑張る」について考えてみたい。

日常語で
我慢」とは「耐え忍ぶこと」。
頑張る」とは「あることを成し遂げようと、
  困難に耐えて努力すること」。
いずれもプラスイメージのことばと言える。

それでは、仏教語としての意味はどうだろうか。
我慢」とは、「煩悩の一つ、強い自己意識から起こす
  慢心のこと」とある。
頑張る」とは、「“我張る”が変化したもの」とある。
いずれも強い自己意識のことばであり良いイメージはない。

「我を張る」「我意を張る」と言う強情な心意のエネルギー
が自身の内面に向けられることばとなって、良いイメージと
なったのではないかと想像する。

お釈迦様は、山に籠って、断食を続け、極端な修行を重ねて
も悟れず、下山して穏やかな生活の中から悟りを開かれた。
お釈迦様は我慢し、頑張ることを止めて、悟られたとも言える。

「我慢」「頑張る」は良いことには間違いない。然しながら
仏教語の意味を考え合わせると、「我慢しすぎ」「頑張り過ぎ」
と極端なレベルまで行うことは如何なものかと思われる。

「我慢」「頑張る」も自分自身が心がけることで、他人に対し
求めるものではない。励ましのつもりで言った「頑張れ」も、
人によってはプレッシャーにしかならない。




2019年10月27日日曜日

日常語となった「仏教由来のことば」を考える②


今回のことばは「迷惑」「邪魔」を取り上げ、考えてみたい。
仏教語としての意味は以下の通り。
〇「迷惑」の「迷」は本当の道に迷うこと、「惑」は途方に
  くれて戸惑うことを意味するそうだ。
〇「邪魔」とは、お釈迦さまの修行を妨げる〝心の悪魔″を
  意味するとのこと。

いずれも、心のあり方・ありよう、内面の状態を表したことば
と言える。一方、日常語として使用される場合は意味が違う。

日常語の「迷惑」は自分にとって不利益とか不都合を意味する。
また、「邪魔」は自分の都合で「邪魔な人」「邪魔な物」と
外側にあるものに使われる。

仏教語としての意味は、共に修行で煩悩を克服しようとする
姿勢が阻害された状態や、原因を表している。いずれも心の
内面のことであり、自身のあり方についてのことばと言える。

日常語は、自分の煩悩は問題にしないで、問題点や原因を外部
に求めている。このようなことばの使われ方は、お釈迦様に
とって、さぞかし心外なのではないだろうか?

都内のある区で児童相談所が開設されるという計画が出た時、
地域住民の一部から、「迷惑だ」「このエリアのブランドが
下がる」とのクレームが出た。

このニュースを知った時、「迷惑」は「児童相談所」ではなく、
クレームを言う人たちの心が「迷惑」になっているのではないか
と感じた。(もし、納得できる理由があったのであれば失礼。)

仏教語本来の意味を知ることで、ものの見方や、感じ方まで
再点検できる。仏教語は面白い!


2019年10月22日火曜日

日常語となった「仏教由来のことば」を考える


何気なく話している日常語に仏教(仏像)に由来することばが
数多くある。好むと好まざるに関わらず、日本語が仏教の影響
をいかに受けていたかを物語る。

「迷惑」「邪魔」、「我慢」「頑張る」、「挨拶」「玄関」、
「出世」「一大事」、「言語道断」「道楽」などのことばも
仏教由来のようだ。しかし、本来の仏教語とは違った意味で
使用されていることも多い。

仏教語本来の意味を知ることで、使い古した日常語に新たな
命が吹き込まれる思いがする。仏教的考え方や価値観を言い
表すことばとして蘇る。

今回取り上げることばは『空(そら)で覚える』。
上記「迷惑」以下のことばは、別の機会に論じる。

1.『空(そら)で覚える』の「空(そら)」とは何か?
  物事を暗記することであり、「空(そら)んじる」とも
  言う。「そら」とは虚空蔵菩薩から転じたものとのこと。 

2.虚空蔵菩薩とはどんな仏か?
  虚空蔵菩薩が信仰を集めた最大の要素は人間的な「知恵
  とくに「記憶」と言われている。そこで、虚空蔵菩薩が
  仏教的にどのような存在かを見て行きたい。

3.虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)の主尊
  この修法は空海が入唐前に修したことであまりにも有名
  となっている(❶)。短期間で、密教の奥義を修得した
  のも、虚空蔵菩薩の功徳か。
❶虚空蔵菩薩と虚空蔵求聞持法

4.胎蔵界曼荼羅の中の虚空蔵菩薩(❷、❸)
  胎蔵界曼荼羅は、大日如来のエネルギー(智慧と慈悲)が
  遍満している世界を表現している。智慧は金剛蔵王菩薩など、
  慈悲は千手観音菩薩などへと分有されて行く。
  (智慧とは仏の知恵。)

  虚空蔵菩薩は両者のエネルギーが集中する存在としてある。
  正に、智慧、慈悲、福徳(現世利益)の仏として位置づけ
  されている。大日如来を功徳を備えていると言える。
❷胎蔵界曼荼羅の諸尊     ❸虚空蔵菩薩の功徳

5.信仰の虚空蔵菩薩
  虚空蔵菩薩の信仰面を「❹虚空蔵菩薩の特性」として
  まとめてみた。地蔵菩薩との対比は古くからあった概念
  のようだ。寛永寺・両大師阿弥陀堂に二尊像が安置されて
  いるのを拝観した(❻)

  十二支守り本尊と十三仏(❺)、十三詣り、十三日の縁日
  など庶民信仰をまとめた。「十三」が虚空蔵菩薩と縁のある
  数字のようだ。

  「明けの明星(金星)」は、空海が虚空蔵求聞持法を修して
  いる時に、口から体内に迎えるという超常現象を経て、修行
  を完遂した。<高知県室戸岬の御厨人窟(みくろど)>
❹虚空蔵菩薩の特性    ❺十二支の守り本尊など

❻寛永寺・両大師 阿弥陀堂

『空で覚える』から始まり、虚空蔵菩薩について論じた。
観音菩薩や地蔵菩薩が人気なの比し、虚空蔵菩薩は、
あまり知られていない。丑年生まれの筆者にとって、
守り本尊ということもあり、少しPRさせて頂いた。





2019年9月15日日曜日

鎌倉・宝戒寺の諸尊像を拝観!


9月14日(土)総勢20名で、鎌倉の宝戒寺を訪れた。
JR新宿駅構内にあるスーパー成城石井前に、8時50分集合。
9時13分発の湘南新宿ラインに乗車し、鎌倉へ向かった。

❶車窓に大船観音のご尊顔   ❷鎌倉観光案内図(部分)
鎌倉駅到着は10時17分。大船駅では車窓から大船観音の慈悲深い
ご尊顔(❶)を眺めた。鎌倉駅からは、若宮大路と並行する小町大路
を歩く(❷)。小町大路は予想より車が多く、歩道も狭く、ゆったり
した気分で歩けない。残念‼

小町大路を宝戒寺へ向かって歩くと、右側に日蓮辻説法跡(❸、❹)が
目に入る。鎌倉には、日蓮宗の寺院も多くある。
❸日蓮辻説法案内板      ❹日蓮辻説法跡

宝戒寺の参道(❺)は趣がある。宝戒寺の縁起を記した看板(❻)が
立っている。「滅亡した北条氏の霊を弔うため、また修行道場として
後醍醐天皇が足利尊氏に命じ、北条氏の屋敷があったとされるこの地
に寺を建立させた」とある。
❺宝戒寺の参道       ❻宝戒寺の縁起

受付で拝観料を納め、境内に入る。お寺の概要を記したしおりを頂く。
宝戒寺はいくつもの霊場札所(❼❽)となっている。
 鎌倉二十四地蔵尊霊場 第一番札所
 鎌倉三十三観音霊場  第二番札所
 鎌倉江の島七福神   毘沙門天
 鎌倉六阿弥陀霊場   第五番札所
従って、奉安仏も多く安置されている。
<宝戒寺のしおり>
❼霊場札所案内      ❽奉安仏の紹介

いよいよ、本堂(❾)をお参りする。本堂内には多くの尊像が
祀られている。安置されている仏像は❿の通り。大聖歓喜天堂が
改修中とあって、阿弥陀如来や十一面観音まで本堂で拝観できた。

ご本尊の子育経読地蔵大菩薩(⓫)は凛々しい。この像は
重要文化財に指定されており、文化財としても価値ある。
本堂内で諸尊像をじっくり拝観しながら、穏やかな時間を
過ごした。

宝戒寺は天台宗寺院であり、真言宗の開祖、弘法大師像
(仏像配置図⑭)を祀るのなぜか。お坊さんに質問すると、
「先代の住職は、弘法大師が好きだったから」とのご回答。
他宗派の僧侶にまで敬愛されるとは、弘法大師・空海の
偉大さを改めて認識した。
❾宝戒寺本堂       ❿本堂仏像配置図
⓫子育経読地蔵大菩薩

拝観を終えた後、本堂の前で記念撮影(⓬)。皆さん笑顔が
素晴らしい。
⓬本堂の前で記念写真
(筆者撮影)

境内を散策して歩く。大聖歓喜天堂(⓭)は改修中。聖徳太子堂
(⓮)や北条高時を祀る徳崇大権現堂がある。
「萩の寺」と呼ばれるようにハギの花(⓯)が咲き始めていた。
また、二匹のリスが戯れる様子(⓰)も目撃した。
      ⓭改修中の大聖歓喜天堂    ⓮聖徳太子堂

⓯境内に咲くハギの花   ⓰樹上で戯れるリス(〇印)

宝戒寺を後にし、次に向かった先は、「東勝寺跡」「腹切りやぐら」。
歩いて来た小町大路を少し戻り、左折すると東勝橋(⓱)に出る。
橋の下は滑川(⓲)が流れ、風情ある景観だ。

先に進むと、通行止め(⓳)となっており、残念ながら、断念。
昼食できる店を探しながら、鶴岡八幡宮方面へ向かった。運良く、
20名全員が座れる店を直ぐに見つけた。
⓱東勝寺橋を渡る      ⓲橋下を流れる滑川

⓳東勝寺跡、腹切りやぐらへの道は通行止め

暑くもなく、天候にも恵まれ、霊場札所のほとけ様を拝観でき、
全員、一緒に昼食を取れるとは、幸運な充実した一日となった。
20.舌鼓を打ち始めたテーブル  21.歓談しながら待つテーブル

昼食後、解散とし、後は自由行動。鎌倉をもっと楽しもうとされる
人達は、次へ向かった。




2019年8月30日金曜日

『完訳 ブッダチャリタ』を読む


釈迦の全生涯にわたる伝記『ブッダチャリタ』❶(漢訳
「仏所行讃」)を読んだ。大変読み易い文章で、興味深く
読み終えた。次から次と名場面が展開し、飽きる間が無い。

読むキッカケとなったことは、所属する「空海研究会」の師、
福田亮成先生からご紹介・推奨があったからであり、また、
釈迦の伝記を、一度きちんと読んでおきたいと思った次第。
❶完訳ブッダチャリタ
(講談社学術文庫)

巻末掲載、馬場紀寿氏の解説に、「訳者にインド文学、
インド思想、インド仏教研究の碩学4人を揃え、最も
望ましい条件を満たした」とある。
即ち、横山雄一、小林信彦、立川武蔵、御牧克己の四氏。
読み易い理由は、訳者が素晴らしいと言う事が分かり、納得。

訳者のお一人、横山雄一氏によると、ブッダの全生涯にわたる
伝記で、成立年代も古く、半ばに及ぶ原サンスクリット本が残り、
チベット訳や漢訳も現存するのは『ブッダチャリタ』だけとの
ことだ。

著者のアシュヴァゴーシャ(馬鳴 めみょう)は、高い教養と
学識を持ち、仏教詩人として大成された人物。紀元後2世紀頃に
活動され、同年代のクシャーナ朝カニシカ王に尊敬されていた
とのことだ。

今回の読書を通して、アシュヴァゴーシャがどのような人物
だろうかと、興味が深まった。






2019年8月12日月曜日

杉並区阿佐谷の世尊院を参拝!


8月10日(土)10時、杉並区阿佐谷の世尊院を参拝した。
正式の寺名は阿谷山世尊院正覚寺(あこくさん せそんいん
しょうがくじ)。真言宗豊山派の寺院。

猛暑にも関わらず、参拝者は24名と大人数となった。
ご住職、副住職にはお出迎えまでして頂き、大変恐縮する。

2階本堂にご案内される。本堂は、すでにエアコンで涼しく
なっていた。須弥壇を正面にして左側に、椅子が並べられて
おり、参加者は着席した。

副住職から世尊院の縁起等を記した「世尊院のしおり」と、
般若心経などのお経の書かれた「おつとめ」を頂く(❶)。
❶「世尊院のしおり」と「おつとめ」

「おつとめ」を見ながら、ご住職に倣って般若心経を唱えた。
更に、ご住職から「震災後の不思議な話」(宇田川敬介著)
の一部が紹介された。震災で亡くなった人の慰霊と同時に、
「死後を考え、今を生きる」生き方の大切さをご教示頂いた。

法話の後は、ご本尊の不動明王像を間近で拝観させて頂いた。
護摩壇の奥に須弥壇があり、ご本尊が安置されている(❷)。
ご本尊は矜羯羅童子、制多迦童子の二童子像を脇侍にして、
中央に立つ。
<❷❸は「世尊院のしおり」から>
❷本堂の内陣        ❸ご本尊の不動明王像

ご本尊の不動明王立像は室町時代末期の制作で像高122㎝と
杉並区内において、大きな仏像とのことだ。黒光りし、堂々と
した体躯。二童子像の表情、持物、彩色が対照的になっている。
三尊像としてバランスが良い。

不動、二童子像の脇に降三世明王像、軍荼利明王像が並ぶ。
また新たに2体の像を造立されると、ご住職がお話しされた。
大威徳明王像と金剛夜叉明王像とで五大明王にされるものと
思われる。

弘法大師像、興教大師像、真言八祖の図像、両界曼荼羅図等、
本堂内は密教寺院ならではの設えとなっている。諸尊像を
拝観させて頂いた後は、客殿にご案内された。

客殿には、川崎小虎(かわさき しょうこ)画伯作「佐保姫」
が掲示されているとご住職からご説明があった。淡いピンク色
が何とも言えない清楚な感じを醸していた。

本堂と客殿を繋ぐ廊下壁に掛る千手観音図像も素晴らしい。
千手が光背のように描かれており、強い印象を残した。

客殿を見学した後、中杉通りを挟んで反対側に建つ観音堂に
ご案内頂いた。内陣に入り、ご本尊の聖観音菩薩像(❹)や、
両脇に安置された閻魔大王像(❺)、奪衣婆像も拝観した。

聖観音菩薩立像は室町時代初期の作で、杉並区の有形文化財
に指定されている。像高62.5㎝の秘仏であり、御開帳日
が決まっている。今回、特別に御開帳頂いた。大変有難い。
<❹❺は「世尊院のしおり」から>
❹聖観音菩薩像       ❺閻魔大王像

杉並区教育委員会発行の「杉並区指定登録文化財」解説書に
よると、この聖観音菩薩立像は、「専門仏師の手による秀逸な
作品であり、室町時代の中でも優れた遺品」とある。

煤けた感じの聖観音と、彩色鮮やかな閻魔大王、不気味な雰囲気
の奪衣婆の対比が興味深い。観音堂では参加者の疑問、質問に
ご住職がお応えになられた。

〇観音護摩供…毎月十七日午後二時~三時
〇観音経読誦会…第一・第三日曜日午前九時~十時
開催日時についてご住職からお知らせがあった。

機会を作って、ぜひ一度参加してみたい。本日参拝者の中で、
参加希望者がいるのでは?

❻記念写真(筆者撮影)
観音堂を参拝後、ご住職を囲み、記念撮影(❻)をした。
その後、もう一度、本堂のある境内へ移動して、石造遺物
を見学した。

川崎小虎画伯の筆塚(❼)があった。娘婿の東山魁夷画伯
による揮毫とのことだ。お二人の関係を初めて知り、改めて
川崎小虎画伯の偉大さを再認識した。
❼川崎小虎画伯の筆塚
(ネットから)

ご住職、副住職から、丁寧なご対応を頂き、心に残る参拝と
なった。また、お菓子まで頂戴し、お心遣いが有難い。

なお、今回の世尊院参拝は、今井さんの取り持つご縁で実現
の運びとなった。今井さん有難う。

昼食は、清水さんに予約して頂いた中華料理店で20名が
ワイワイガヤガヤ舌鼓を打った。