変化観音(へんげかんのん)の今回テーマは、「十一面観音」。
変化観音の成立は❶の通り。十一面観音の成立が最初であり、
次いで、不空羂索観音、千手観音と続く。
従って、十一面観音の像容が他の観音に影響を与えているとも
言えるのではないだろうか。六道の世界では「修羅道」の衆生
を救済する観音となる。戦乱によって亡くなった者を慰霊する
仏様だ。
❶変化観音の成立と観音信仰
1.十一面観音の特徴
大きな特徴は「十一面」で「二臂」「左手に水瓶(すいびょう)」
を持っている。また、右手は下向きに下げて、「与願印」を結ん
でいる(❷)。
滋賀県長浜市の向源寺十一面観音像(❷)は、頭上面の一部が、
ヘッドホーンのように垂れ下がっているが特徴的だ。ガンダーラ
風の雰囲気を醸し出す像容は、十一面観音像の中でも、特に魅力
的な観音像だ。
頭上には化仏(❸A)と十一面の変化面(❸B~F)が載る。
化仏は、阿弥陀如来のことであり、十一面観音に限らず、すべて
の観音菩薩が、頭上に戴く。正に、観音の証となる。
4つの変化面の意味については、❸に示す通り。その中で、今回
のテーマとなっている「F大笑面」、正確には「暴悪大笑面」に
ついて触れたい。「ぼうあくだいしょうめん」と読む。
「悪への怒りが極まり、笑う」とある。「人間の愚かさに呆れて、
笑い飛ばす、笑うしかない」と理解している。通常は、背にある
光背や、壁面に遮られ、拝観することができない。
前述の向源寺像は、収蔵庫に安置されており、360度の拝観が
可能となっている。お蔭で、暴悪大笑面を間近で心行くまで眺め
ることができる。
十一面観音像拝観の楽しみの一つに、この暴悪大笑面とのご対面
がある。時には自分の愚かさ、至らなさを笑い飛ばして頂きたい。
❷十一面観音の特徴 ❸変化面の構成と解説
2.国宝の十一面観音像 ご紹介
数ある十一面観音像の中で、国宝に指定されているのは7躯のみ。
いずれも美しく、魅力的であり、仏像好きの心を鷲づかみにして
いる。既に、ご紹介の向源寺像を除き、あと6躯ある。
A.奈良・聖林寺像、京都・観音寺像(❹)
いずれも、8世紀後半に制作の木心乾漆造。向源寺像が木造乾漆
併用であり、乾漆の使用が共通している。乾漆で造形することで、
表情や指先などの微妙な表現が可能となるようだ。
個人的な感想で、「美しい・神々しい」十一面観音像のベスト3
は、聖林寺像、観音寺像、向源寺像に絞られるように思える。初
対面の時に、吸い込まれるような感覚になった。
B.大阪・道明寺像、奈良・法華寺像(❺)
造立にまつわることとして、特定の人物を結びつく十一面観音像
が、道明寺像と法華寺像と言える。道明寺は菅原氏の氏寺であり、
法華寺の開基は光明皇后である。共に尼寺であることも興味深い。
道明寺像は菅原道真の作と伝わり、法華寺像のモデルが光明皇后
と言われている。二人とも、敬愛する人物であり、観音像と同時
に、造立に関わるエピソードに関心が強まる。
二像の像高は1mほどであり、他の五像に比して、小ぶりである。
いかにも尼寺らしく、控えめな感じがする。
❹聖林寺像・観音寺像 ❺道明寺像・法華寺像
C.奈良・室生寺像、京都・六波羅蜜寺像(❻)
室生寺像はうら若い女性のような感じがする。会津八一は短歌で、
「うらわかく ほとけいまして むなだまも ただまもゆらに
みちゆかすごと」と詠んでいる。「うら若い女性が胸飾りの玉や
手首の玉を鳴らしながら歩いているようだ」
六波羅蜜寺像は、12年に1度ご開帳の秘仏。たまたま参詣した
時が、ご開帳の年であり、運良く、拝観できた。大きさに驚いた
ことを思い出す。
国宝の十一面観音像を像高順に並べてみた(❼)。六波羅蜜寺像
の258㎝は、道明寺像98㎝の2.6倍もある。比べてみて
初めて分かることであり、普段大きさの違いはあまり感じない。
❻室生寺像・六波羅蜜寺像 ❼国宝十一面観音像(像高順)
3.長谷寺式十一面観音像
長谷寺式十一面観音については、昨年12月18日のブログで、
触れた。真言宗豊山派の総本山、長谷寺(奈良)のご本尊様式
を「長谷寺式」と言う。
即ち、右手に錫杖と念珠を持ち、左手は蓮華をさした水瓶を持つ。
そして、岩座に立つ(❽)。いわば、観音菩薩と地蔵菩薩が一体
となった形と言える。迷い、苦しむ人々を救いに赴いてくれる、
大変有難い仏だ。
鎌倉・長谷寺や奈良・西大寺の十一面観音像も長谷寺式(❾)に
なっている。
❽長谷寺式十一面観音 ❾(鎌倉)長谷寺像・西大寺像
国宝の十一面観音像7躯はすべて拝観した。しかも何度ご対面しても
感動する。すべて1000年以上も護り継がれてきた像である。正に
日本が誇る文化遺産であり、これからも末永く護り続けたい。
【観音シリーズ】 つづく