「摩訶毘盧遮那」。「毘盧遮那」に「摩訶」が付く。「摩訶」とは「大きい」
「偉大な」の意味であり、偉大な廬舎那仏と言う事になる。
1.大日如来像の像容(金剛界大日如来と胎蔵界大日如来)
大日如来で最初に思い浮かべるのは、奈良・円成寺の大日如来像(❶)。
鎌倉時代の大仏師、運慶のデビュー作であり、20歳代中頃の作品である。
背筋をピンと伸ばし、後ろへ反る程の姿勢は、溌溂として若々しい。
真如苑像、光得寺像(❷)も運慶作とされている。全体のバランスといい
円成寺像と良く似ている。胸前で智拳印を結ぶ金剛界大日如来像は、共通
して、パワー(法力)を感じさせる。智拳印とは、右手が仏、左手が衆生
で、仏と衆生が一体となる意味があるそうだ。
❶円成寺 大日如来像
❷真如苑、光得寺像
大阪・河内長野市 金剛寺の大日如来像も智拳印の金剛界大日如来像。
脇侍に不動明王と降三世明王の三尊像は珍しい(❸)。
和歌山・高野山檀上伽藍の根本大塔には胎蔵界大日如来を中尊に周囲
には、金剛界四仏などを配し、立体曼荼羅となっている(❹)。胎蔵
界の大日如来は法界定印の印相を結んでいる。
曼荼羅については、次の「2.京都・東寺講堂の立体曼荼羅」や「3.
両界曼荼羅」で詳述する。
❸金剛寺 大日如来像 他 ❹高野山根本大塔 大日如来像
2.京都・東寺講堂の立体曼荼羅
空海が構想した東寺講堂の立体曼荼羅には金剛界大日如来像を中心
に21体の像が配置されている(❺)。この配置を決めるに至った
経緯を❻にまとめてみた。
空海が構想した曼荼羅は「金剛頂経」の「五智如来」を中央に配し
「仁王経念誦儀軌(にんのうきょうねんじゅぎき)」の菩薩・明王
がぎ両脇を固め、天が周りを囲んでいる。いわば、密教尊像を中心
にしながら、顕教尊像も取り入れている。空海らしい対応と言える。
❺東寺立体曼荼羅 ❻曼荼羅の儀軌
「五智如来」(❼)とは、中央に大日如来、東南西北に阿閦如来、
宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来が並んでいる。大日如来の
智慧を4仏が分有している。
五智如来の東側(向かって右側)には五菩薩が安置される。中央
に金剛波羅蜜多菩薩が鎮座し、4菩薩が周りを囲む(❽)。
更に、西側には、五大明王が陣取る。不動明王を中央にして、東
に降三世(ごうざんぜ)明王、南に軍荼利(ぐんだり)明王、西
に大威徳(だいいとく)明王、北に金剛夜叉(こんごうやしゃ)
明王が並ぶ(❾)。
なお、東南西北は五大明王の位置が本来の方位であり、五智如来
五菩薩は、一つずれた位置となっているようだ。南方の宝生如来、
南方の金剛宝菩薩が鎮座する場所が東になる。これは、どこかの
時点で、配置ミスがあったとしか考えられない。
❼五智如来
❽五菩薩 ❾五大明王
五智如来、五菩薩、五大明王は三輪身(さんりんしん)という考え
方で繋がっている(❿)。五智如来は仏法の真理そのものであり、
自性輪身(じしょうりんしん)と呼ばれる。
慈悲の姿で真理を伝える五菩薩は正法輪身(しょうぼうりんしん)。
忿怒の姿で真理を伝える五大明王は教令輪身(きょうりょうりん
しん)と呼ぶ。大日如来を根本にし、智慧を分有して五智如来と
なり、更に衆生の性質に合わせて姿を変え教化しようとしている
ことを意味している。
東寺の立体曼荼羅は、言葉だけでは伝えきれないものを、五感に
訴えて真理を体感させる宗教的空間そのものだ。
❿三輪身
3.両界曼荼羅
三尊像に代表される中尊、智慧の脇侍、慈悲の脇侍の構成は、曼荼羅
の世界では、どのようになっているのだろうか。両界曼荼羅は世界の
成り立ちを表現する「胎蔵界曼荼羅」と悟りに至る道筋を表現する
「金剛界曼荼羅」で構成されている(⓫)。
「胎蔵界曼荼羅」は12の院に、「金剛界曼荼羅」は9の会(え)に
分かれており、その中に数多の仏さまが坐している。
A.胎蔵界曼荼羅の三部
胎蔵界曼荼羅は、真ん中に「中台八葉院」があり、その中心に
胎蔵界大日如来が鎮座されている。中台八葉院とその上下の院
が「仏部(ぶつぶ)」と呼ばれる。三尊像に例えるなら、中尊
に当たる(⓬)。
向かって左側、赤色の院、即ち「蓮華部院」、「地蔵院」など
は「蓮華部」と呼ばれ、慈悲を象徴する仏の院となっている。
蓮華部院には観音菩薩、地蔵院には地蔵菩薩が住す(⓭)。
一方、向って右側、青色の院、「金剛部院」「除蓋障院(じょがい
しょういん)」などは「金剛部」と呼ばれ、智慧を象徴する仏の院
となっている。「仏部」「蓮華部」「金剛部」を胎蔵界曼荼羅の
三部となる(⓭)。
⓫両界曼荼羅
⓬胎蔵界曼荼羅 ⓭胎蔵界曼荼羅の三部
B.金剛界曼荼羅 成身会の五部
金剛界曼荼羅 中央の四角を成身会(じょうじんえ、じょうじんね)
(⓮)と言う。その成身会の中心に坐すのが金剛界大日如来である。
成身会を拡大すると⓯となる。金剛界曼荼羅の成立は、胎蔵界曼荼羅
よりも後であり、三部が五部に変化した。
「蓮華部」と「金剛部」だけでは、対応できなくなり、新に「宝部
(ほうぶ)」と「羯磨部(かつまぶ)」が増えたそうだ。「宝部」
とは人間生活に不可欠の財宝を象徴する。いわばご利益の部となる。
また、「羯磨部」は、世の中のすべての働きを表しており、「業」
とか「行」の部門と言える。金剛界曼荼羅は、人間を多面的に捉え、
現実に即しているように思われる。
⓮金剛界曼荼羅 ⓯成身会の五部
C.金剛界曼荼羅成身会の如来と菩薩
金剛界曼荼羅 成身会五部は、どんな如来や菩薩で構成されている
かをまとめた(⓰、⓱)。また、空海が構想した東寺立体曼荼羅の
五智如来や五菩薩は、金剛界曼荼羅ではどこに鎮座するか確認して
みた(⓰)。
⓰成身会の五智如来・五菩薩 ⓱成身会の如来・菩薩・天
大日如来は仏法の真理そのものであり、この世のすべては、大日如来が
変化(へんげ)したものであると言う。大変深遠な思想であるだけに、
ややもすると、難解であり馴染みにくい。平たく言えば人気がない。
お薬師さん、観音さま、お不動さんに比して、大衆受けしない理由が
この辺にあるのかもしれない。しかし、大衆に迎合しない大日如来の
孤高の姿は大変魅力的だ。
【中尊と脇侍・眷属シリーズ 続く】