1.阿弥陀如来(阿弥陀仏)の尊名
仏教語で一番良く口にしたことばは「ナミアミダブツ」では
ないだろうか。こどもの頃、困った時、救済を求める時など
意味も分からず、呪文のように唱えたりした。
「ナムアミダブツ」が「南無阿弥陀仏」と知るのは、仏教に
多少、興味を持つようになってからだ。念仏とは仏の姿や功徳
を思い描くこと。この時の仏は直ぐに阿弥陀仏と結びつく。
大師と言えば弘法大師、太閤は秀吉、念仏は阿弥陀仏となる。
阿弥陀仏は、梵語の「a.アミターバ」「b.アミタ―ユス」
の音写。「アミタ―」は、「はかりしれない」「無量の」と
いう意味。
意訳すると「aはかりしれない光を持つ者」即ち「無量光仏」、
「bはかりしれない寿命を持つ者」即ち「無量寿仏」となる。
文字通り、絶え間なく慈悲の光を降り注ぎ、永遠の命を持つ
仏と言えるのでないだろうか?
2.阿弥陀如来像の国宝指定件数は12ヵ寺、12件(❶)
阿弥陀如来の脇侍・眷属を見る前に、国宝の阿弥陀如来像を
確認しておきたい。国宝12件の内訳は、独尊像での指定が
5件、三尊像が5件。
残り2件は、浄瑠璃寺像が9軀まとめて1件、中尊寺の場合、
金色堂内の仏像32躯まとめて1件の国宝指定となっている。
最古の阿弥陀如来像は、法隆寺大宝蔵院の伝・橘夫人念持仏
の阿弥陀三尊像(白鳳時代)、最新は鎌倉大仏として有名な
高徳院の阿弥陀如来坐像になる。両尊像とも銅造。
❶国宝阿弥陀如来像 一覧
3.阿弥陀三尊像の構成(❷)
阿弥陀如来像を中尊にして、左脇侍に観音菩薩、右脇侍に
勢至菩薩となるのが一般的。配置が逆になることも稀にある。
観音菩薩が慈悲の象徴であり、勢至菩薩が智慧の象徴となる。
観音菩薩が独尊で祀られることも多いのに比し、勢至菩薩を
独尊で見かけることは十二支守り本尊(これも独尊とは言い
難いが)くらいで、それ以外はあまりお目に掛らない。
ちょっと気の毒な存在となっている。
❷京都・清凉寺 阿弥陀三尊像
4.観音菩薩と勢至菩薩の特徴、見分け方(❸、❹)
観音、勢至を見分ける方法の一つに、頭上宝冠に付いた標識がある。
観音菩薩には化仏(けぶつ)、勢至菩薩には水瓶(すいびょう)が
付いている。
❸清凉寺阿弥陀三尊の脇侍 ❹奈良・法隆寺 阿弥陀三尊像
5.阿弥陀如来と眷属
A.京都・平等院鳳凰堂 雲中供養菩薩(❺)
阿弥陀如来の周りに雲中供養菩薩が雲に乗って飛んでいる。楽器を
奏でる者や、舞う者、僧形姿の者など、阿弥陀如来と共に来迎する
菩薩を表したとされている。
雲中供養菩薩像は本尊と同時期の制作であり、現存するのは52躯。
鳳凰堂の壁面を飾るのは半数であり、残りの半数はミュージアムに
移されている。阿弥陀如来坐像とは別に、この52躯で国宝の指定
を受けている。
なお、平等院は藤原道長の別荘「宇治殿」を息子の頼道が寺院に
改めたもの。ご本尊の阿弥陀如来坐像は大仏師・定朝の作。
❺京都・平等院 阿弥陀如来像
と雲中供養菩薩
B.京都・即成院(そくじょういん) 二十五菩薩像(❻、❼)
即成院は泉涌寺の塔頭寺院。創建は藤原頼道の息子、橘俊綱。
観音菩薩、勢至菩薩を含め、二十五菩薩が阿弥陀如来と共に
現れ、亡者を極楽浄土へ導く様子が再現されている。
観音菩薩は蓮台を捧げ持ち、勢至菩薩は合掌している。来迎
する時の観音、勢至はいつも、このような形で表される。
また、二十五菩薩の尊名には、薬王菩薩、薬上菩薩、普賢菩薩
虚空蔵菩薩など、良く目にする菩薩も含まれている。
❻京都・即成院 阿弥陀像 ❼同左・二十五菩薩像名
と二十五菩薩像
C.岩手・中尊寺金色堂(❽、❾)
中尊寺金色堂には、阿弥陀三尊像が3つの壇、それぞれに安置
されている。三尊像の両側に、六地蔵が3体ずつ並び、前には、
持国天、増長天の二天像が立つ。
一つの壇には、阿弥陀三尊像、六地蔵像、二天像と合計11軀
が安置されている。右壇(西南壇)は増長天を欠くため、合計
32躯となる。(11軀×3檀-1軀=32躯)
各檀の尊像は、初代清衡から二代基衡、三代秀衡へと約30年
毎に、造立されていったようだ。阿弥陀三尊だけでなく、地蔵
菩薩も加えて、二重に救いを求めている。何と念の入れよう
だろうか。
現在の仏像配置(❾)は、像の作風や材質、技法などから見て、
造立当初の配置と相違しているとのこと。中央壇阿弥陀三尊像
と西北檀六地蔵像、二天像が一具であり、他の檀でも入れ替わ
りがあるようだ。
❽岩手・中尊寺 金色堂 ❾金色堂内 仏像配置図
6.九体阿弥陀像
A.京都・浄瑠璃寺(❿)
阿弥陀如来像を9体安置することを盛んに行った時代がある。
「観無量寿経」に説く「九品往生(くほんおうじょう)」の考え
に基づくものであり、藤原道長も建立するなど、記録に残るもの
が多数ある。
しかし、平安時代の造立で、現存する九体阿弥陀像は、浄瑠璃寺
安置の像だけとなっている。中尊像は大きく、来迎印を結び、他
の8体は同じ形の定印となっている。
浄瑠璃寺は寺名の通り、東方瑠璃光浄土(浄瑠璃世界)の教主、
薬師如来が本尊であった。今は、西方極楽浄土の阿弥陀如来が
本尊となっている。
現世の苦しみを取り除く薬師如来の住む世界を此岸(しがん)、
来世の極楽を彼岸(ひがん)とする浄土式庭園が、より一層
九体阿弥陀の存在を際立させている。
❿京都・浄瑠璃寺 九体阿弥陀像
と浄土式庭園
B.東京・九品仏浄真寺(⓫、⓬)
九体の阿弥陀如来像が鎮座されるお寺として、東京・世田谷区
の九品仏浄真寺がある。お寺の創建、九品仏の造立は江戸時代
と新しい。本尊の釈迦如来像と九品仏の阿弥陀如来像はいずれも
丈六であり、見応えがある。
三仏堂の総称で3つのお堂が並んでいる。中央の上品堂(じょう
ぼんどう)を挟み、向って右側に中品堂(ちゅうぼんどう)、
左側に下品堂(げぼんどう)の配置となっている。
それぞれのお堂に、3体の阿弥陀如来像が横一列に鎮座される。
上品堂で言えば、中央が上品上生(じょうぼんじょうしょう)、
向かって右側が上品中生(じょうぼんちゅうしょう)、左側が
上品下生(じょうぼんげしょう)の印相を結ぶ。
生前の信心深さや、善行によって、極楽往生の仕方に差が出る
としている。一方、どんな人でも極楽往生できるとする教えで
ある。努力を強いるだけでなく、セイフティネットがあることで
安心感が生れて来る。
浄真寺では、3年に一度「お面被り」と呼ばれる「二十五菩薩
来迎会」が開催される。阿弥陀如来が二十伍菩薩を引き連れ、
亡くなった人をお迎えに来てくれる法要のことを言う。三仏堂
が彼岸になり、釈迦如来の鎮座する本堂が此岸となる。
6年前の8月に、お面被りに出演した仲間の様子を見学したこと
がある。阿弥陀如来と二十五菩薩の来迎を体験したかったとの
ことだ。臨終の体験は、死の恐怖を和らげることに繋がる。
コロナの時代となって、新しい臨終の儀式が求められている
ように感じられる。
⓫東京・九品仏浄真寺 ⓬同左・九品往生印
次回は、阿弥陀三尊像における姿勢の変化や阿弥陀如来像の印相変化
についてまとめたい。
【中尊・脇侍・眷属シリーズ 続く】